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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第5章 8月 灯台の生活〜原石

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(5-1)

 

「痛っ」


 小さくレンの声がする。エイナルは、振り返った。


「どうした?」

「なんでもない」


 なんでもないはずがない。レンの眉間に小さくしわが寄っている。額には汗が浮かんでいた。


 エイナルは近寄ると、それでもまだロープ巻きのハンドルを押そうとする細い手をつかんだ。問答無用で、革の手袋を脱がせる。

 手のひらの皮がむけている。


「ああ、血が出てる。痛いだろ」

「こんなの痛いうちに入らない」

「レンってどうしてそんなに痛みに鈍感なのかね。こないだ手のマメを潰したばかりだろ」

「なに。文句ある?」

「我慢強いってほめてるんだよ。でも、自分の体はもっと大事にしな」


 いちいち小生意気な口調で言葉が返ってくる。

 でも、レンはきっと根が真面目だ。仕事の手は抜かない。昨日できなかったことは、今日できるようにしたいと心がけているのが伝わってくる。


 レンが灯台に来てから、2週間が経った。


 年齢を聞いて驚いた。ずいぶん小柄だが、13歳だという。

 どおりで、と聞いて納得した。どうにも物言いが素直じゃないのは、お年頃のせいだったのか。


 エイナルは、ふと我が身を振り返ってしまう。

 確かにその年頃は、自分で自分の心と体をもてあましがちだった。親の言うことを多少うっとおしく感じることもあった。


 もっとも、自分は本気で反抗することはなかったけれど。そんな身勝手なことをしていたら、この国の厳しい冬は越せないからだ。身を寄せ合わないと、やっていけない。そんな土地だ。 


 なんだか懐かしく思いながら、灯台に備え付けてある救急箱を開いて手当てする。


 ほっそりとした、労働を知らない無垢(むく)な手だ。大病をしたばかりと聞いている。もしかしたら、これまでずっと病弱だったのかもしれない。


 今も時々、夕食の時間帯になると熱っぽい顔をしている。そんな時、ベッドで大人しく寝ているようにいくら言っても、(がん)として聞こうとしない。

 ひどい時には、エイナルに首根っこをつかまえられて、無理やりベッドに押し込まれることもある。


「手際、いいよね」


 包帯を巻かれながら、レンがぼそぼそっと評価してくれる。ちょっと偉そうな口調なのがまた、彼らしい。


「軍の学校でうんと教え込まれたからね」


 言いながら、巻き終えた包帯をぽんっと上からおさえた。


「やり方を覚えておくといいよ。けっこう役に立つから」

「……わかった」


 利き手を痛めたレンには、今日は灯台の内窓の乾拭きを任せる。ロープ巻きよりは負担が少ない。


 代わりに、エイナルがハンドルを握って、重いロープを巻き上げた。


 灯台の中心には、常にオイルランプが明るく燃えている。灯火と呼ぶ。


 そして、灯火を守るように、とても大きな円筒形のガラスが包んでいる。ガラスの表面は複雑にカットされていて、ランプの光を集めて強力な閃光にする。

 それを灯火ミラーと呼んでいた。


 灯火ミラーは、大きく頑丈な台座の上に設置されている。台座は、鋼鉄の頑丈なロープと連動して、ハンドルがついていた。ロープの先には、どっしりと大きく重い分銅がぶらさがっている。


 ハンドルを回し、長いロープを全て巻き上げ、分銅を台座の下にまで持ち上げる。分銅はみずからの重みで、時間が経つと再び少しずつ下がっていく。


 その時のロープを引く力で、灯火ミラーが360度、回転し続ける仕組みになっていた。


 灯火と、回転するミラーのおかげで、くまなく四方に閃光を届けられる。


 定期的にロープを巻くのは重労働だし、灯火の油は絶対に切らせない。灯火ミラーを磨きあげるのにも気をつかう。


 でも、灯台の心臓を動かし続ける大事な仕事だ。


 レンは、このところ、14時のロープ巻きに挑戦している。


 最初は、ハンドルを5回まわすだけでも息を切らしていた。それでも日が経つごとに少しずつ、まわせる回数が増えていく。

 最終的には、レンひとりで全部巻き切るのが目標だ。この調子だと、遠くない日に達成できるだろう。そうしたらお祝いバーベキューだな、とエイナルは密かに楽しみにしている。


 全部を巻き切って、エイナルは、ふうと大きく息を吐く。

 レンは脚立に腰を下ろし、真剣な顔で窓を丁寧に磨き上げている。


「レン、下でお茶にしよう。窓拭き、また後でやればいいから」

「後で双眼鏡を使っていい?」

「もちろん。いくらでも見るといいよ」


 双眼鏡は、海の監視用に置かれている備品だ。レンは毎日それで海の様子を眺めたがる。


 理由を聞いても教えてくれない。でもたぶん、船が好きなのだと思う。海ゆく船があると、いつまでも夢中で双眼鏡を覗き込んでいる。


 そのうきうきとした横顔がかわいらしくて、エイナルはこっそり後で、スケッチブックにその姿を描いた。


 ひとりで過ごしていた時より、スケッチの題材が多くて心が弾む。最近は、毎日寝る前に必ず何枚か描いている。


 連れ立って螺旋階段を降り切ったところで、コハルと鉢合わせた。


「あ、ちょうどよかった」


 ほっとした様子で、エイナルを見上げる。コハルは私服姿だ。

 よくある街娘スタイルで、白いブラウスに赤いベスト。ロングスカートは同色の赤地にベージュのストライプで、その上から白い長エプロンをかぶせている。黒髪は、ざっくり三つ編みにして、肩から前に垂らしてあった。


 控えめに言って、似合っている。大げさに言うと、見ていて幸せになる。


 ちなみに、この家に来た当日のコハルは、いつもの領主館の灰色メイド服姿だった。ずっとそれでいくのかなと思っていたら、翌日から私服になって、本当によかった。


 しみじみそんなろくでもないことを考えているエイナルの内心を知らず、コハルはふたりに笑顔で告げる。


「お茶、外じゃなくて居間に用意した。もうすぐ雨が降るから」

「わかった。向こうに雨雲みたいなのが見えてたね。風は吹くと思う?」

「そんなに吹かない!」

「ならよかった。警戒しなくても良さそうだね」


 コハルの天気予測はよく当たる。今やエイナルはすっかり信頼している。


「あとね、レンにお届け物が来たよ」


 居間の机に、中くらいの箱と、2通の手紙が置いてあった。


「その箱、お菓子みたい。手紙はレンと、エイナルに。差出人は、えっと……ハーフォード、さん? はい、どうぞ」

「ふーん」


 なんでもないような声で、コハルから手紙を受け取っておいて、とたんにレンが落ち着かない様子になった。ちらっと手元の手紙を見て、ちらっとドアを見る。

 エイナルは笑いそうになるのをこらえる。


「大事な手紙なんだから、ゆっくり自分の部屋で読んでおいで」

「……そんなんじゃない」

「いいからいいから」


 コハルはふたりのやりとりを聞きながら、お盆にマグカップとクッキーの乗ったお皿を乗せて、ドアを開けた。


「いってらっしゃい。箱、開けてみていい?」

「……いいよ」


 もそっと小さくコハルに答えて、お盆を受け取ったレンの姿がさっと廊下に消えていく。


 そろそろ2階の部屋にあがった頃合いだろう。こらえていたエイナルが、ようやく心おきなく吹き出した。


「素直じゃないなぁ」

「レン、うれしそうだったね」

「ね。全然ごまかしきれてなかったな」


 いいながら、ペーパーナイフでエイナルあての手紙を開封する。

 中の手紙は、とてもきれいな文字だった。


 お礼の言葉から始まっている。

 ハーフォードという人は、レンの保護者であること。

 レンの体調を心配していて、本当は自分のもとにいてほしかったこと。

 けれど、どうしても彼がこの国へ来たがったこと。

 ようやくレンから手紙が来たと思ったら、灯台にお世話になると元気いっぱいに書いてあって驚いたこと。

 エイナルには突然のことで迷惑をかけて申し訳ないが、


「『くれぐれも、レンをどうぞよろしくお願いします。あの子はやせ我慢に慣れてしまっているから心配です。そちらで幸せに笑っていることを心から祈っています。お菓子の箱はチョコレートです。どうぞ皆さんで食べてください』だって」


 エイナルは脱力して、ソファに座った。


「レンの保護者さん、いい人だな!よかったぁ。こんなとこにたったひとりで来て、お家の人はどうしたんだろうって気になってたんだ。レンもヴィッレも教えてくれないしさぁ。でも、よかった」

「みて、これ!すっっっっっっごいおいしそう!!」


 コハルが歓声をあげる。

 送られてきた箱のなかには、手紙に書かれていたとおり、一口サイズのチョコレートが、ぎっしり並んでいた。


 つやつやだ。

 一粒ひとつぶ、形が違う。色も違う。

 えもいわれぬ、いい香りがする。


「宝石みたい!」


 たしかに、コハルの言うとおりだった。

 エイナルがこれまで見てきたチョコレートと、全然違う。まるで異世界の食べ物だ。

 なかに説明書きのカードが入っていた。


「うっわ、これ、カンティフラスの王都のチョコレートショップのみたいだ!さすが芸術の都のチョコレート……レベルが違う……」


 いろいろな意味で、エイナルは絶句した。


 普通、ここからカンティフラスの王都まで手紙や物を送ろうとすると、船便を使う。1か月はかかる。

 急ぎの時は、陸上便もある。料金は高いが、2週間で着く。

 もっと急ぐ時は、陸上の特急便を使う。1週間で着く。ただし、べらぼうな金額だ。


 レンがここに来て、2週間だ。

 手紙が往復するのに、2週間。


「ってことは、特急便かぁ……レン、すっごいお金持ちの家の子なんだな。それでここの生活に文句ひとつ言わないとか、ほんとえらいな」

「レンがんばってる!ツンツンしてるけど」

「ね、かわいいね」


 ふたりはきれいなチョコレートをぞんぶんに眺めながら、お茶をのんだ。


「見てるだけで、おいしいね」

「うん、お茶がすすむな」


 レンは、なかなか降りてこない。

 よほど大切に読んでいるのだろう。


 あとで自分も返事を書こう。スケッチを同封してみようか。上手い絵でもないけれど、少しは安心してもらえるかもしれない。


 エイナルは紙を取り出した。まずは目の前の美しいチョコレートを描き始めよう。

 これは、レンにあげるぶん。




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