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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第4章 7月 思わぬ来客〜バーベキュー

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(4-1)

 

「できた!」


 最後のひと刷けで「12」の文字をはしっこまで塗り上げて、コハルは喜びの声を上げた。


「できたねぇ」


 エイナルは、机の上に並べた12本のポールを眺めて、すっかり満足する。

 7月。今日は朝からずっといい天気だ。風も少ない。家の前で工作するにはもってこいの夏日和だった。


 あの夏至の祭りで見たキイックルの遊びをしたい。


 その一念で、ふたりで森の中から手頃な倒木を探し、丸太を切り出し、樹皮をはぎ、12本の大小さまざまなポールを作った。

 普通は削り出した木のままで遊ぶ。けれど、色を塗りたい!とコハルが目を輝かせて言うものだから、エイナルは一も二もなく大賛成した。


 9本のポールを、3色カラーで塗った。下から、黒・白・赤。ポールのてっぺんは、斜めに切ってある。そこに、1から9までの数字を書いた。


「灯台の色!」


 と、たいそううれしそうにコハルが言うから、エイナルは何だかたまらない気持ちになってしまう。喉元まで込み上げてきた何かを、ぐっと力づくで押し込めた。

 最近、こういうことが、よくある。


 残りの3本の色は、2色で塗った。下が黒、上がオレンジ。


「タネリとトピの色だね。トピの爪研ぎ用に使われないように気をつけないとな」

「トピ、めちゃガリガリしそう」


 エイナルの言葉に、コハルはくすくす笑った。小さな両手を軽く丸めて、爪を研ぐまねをする。


 切り出したばかりの丸太は、すっかりトピのお気に入りになってしまった。作業途中にも何本か、ガリガリ気持ちよさそうに爪を研がれてしまっている。その中でもトピお気に入りのものを献上して、家の中においてある。


 黒とオレンジ色に塗られたポールのてっぺんに、10から12の文字を手分けして書き込む。高得点のものだけ色が違うのは、わかりやすくてとても良い。


 そうして、たった今、12本のポールが完成したのだ。

 少しずつ、空いた時間に作業を進めて、結局3週間かかった。でも、これで思う存分、キイックルで遊べる。


「すごく良く出来たから、遊ぶ前にちょっと眺めてたいなぁ。先にお茶にする?」

「うん!台所、いってくる」

「いただきものの新しい茶葉の缶があるから開けようか」

「わかった!持ってくる」


 コハルは元気にぴょんっと立ち上がると、小走りに家に向かっていく。

 やかんに水はもう入れてある。かまどに火を入れようと立ち上がった瞬間、違和感が体に刺さった。


 視線を感じる。しかも上から。

 すばやく灯台を振りあおぐ。


 ——灯台の高い窓から、誰かがこちらを見下ろしている。


 気づいた瞬間、エイナルは全力で走り出した。

 そこは灯台の心臓部だ。部外者が入っていいところではない。

 観光客が入り込まないように、灯台の入り口のドアには「立ち入りお断り」と大きく書いたプレートが打ちつけてある。ルノル語と、カンティフラス語だ。マルタ帝国語でも書いておくべきだったかもしれない。


 螺旋階段を1段飛ばしで駆け登る。慣れた階段でも、さすがに少し息が乱れる。

 階上に着いた瞬間、灯火を見た。無事だ。灯火ミラーも。よかった。何もされていない。


「やあ、こんにちは!」


 きれいなルノル語で話しかけられる。


 声の主は、子どもだった。

 10歳を過ぎた頃だろうか。とても細身で、少女にも見えるようなきれいな顔立ちだ。バッサリと短い髪型と少年の服装をしているから、たぶん男の子だろうと当たりをつける。

 特に印象的なのは、その髪だった。明るい日の光に当たって輝く雪のようだ。白銀色の髪など、初めて見る。たぶん、この国の人間ではないと思う。


「やあ、こんにちは」


 内部が荒らされていないのを見てとって、エイナルは穏やかに返した。


「君は観光客かな? ここは関係者以外、立ち入り禁止なんだ。下のドアにも書いてあったんだけど、気づかなかったかな?」

「そうみたいだね」


 やけにあっさりと、少年はうなずいた。


「でも、僕、ある意味これから関係者だし、まぁいいかなと思ってさ。君たち、楽しそうに色ぬりしてたから、声かけるのも悪いかなって。だから一人で登ってきちゃった」


 少年は、手紙を一通、ひょいっと差し出した。「エイナルへ」と表に書いてある。どう見てもヴィッレの字だった。

 封を切って、中の手紙を読んだ。


「エイナルへ。

 やあ、親愛なる我が友にして偉大なる灯台守の君よ。

 いきなりだが、この少年を、ぜひ預かってくれ。ほら、こないだチラリと話した病明(やまいあ)けの子だ。大病をした後で、療養でこの街に来てる。

 3日ばかり領主館にいたんだが、君の灯台にたいそう興味があるみたいでね。働いてみたいって言ってる。どんなちょっとした仕事でもいい。やらせてやってくれ。期間は、この子が完全に回復するまで。

 なんで事前に相談しなかったのかって? 

 だって今のお前、事前に相談してたら絶対断るし。どうしても断れない案件だって知ったら、事前にすごく気を揉むだろ。

 でもさ、この少年、うちの父親の知り合いから肝入りで面倒みてくれって頼まれた子でさ。要は、俺たちに断る選択肢はまったくないってわけ。

 金ははずむから、しばらくそっちの家に泊めてやってくれ。

 ああ、お前一人でこの子の飯の世話なりなんなりするのも手に余るだろうから、明日からコハルもそっちに泊まり込みな。

 よかったな。

 しっかりやれよ、親友。

 心の友、ヴィッレより」


「……」

 エイナルは絶句した。手紙の前半は冷静に読めていた。のに、最後の爆弾宣言で、頭が真っ白だ。


「読み終わった? そういうわけで、お世話になるね。よろしく!」


 少年は、無邪気そうにニコニコ微笑んでいる。でも、なんとなく、面白がっているようでもある。

 とりあえず、エイナルは一番衝撃的な問題を脇に避けた。まずは目の前の問題に取り組むことにする。


「えっと、君の名前は?」

「レン」

「そうか。僕はエイナル。ここの灯台守だ。君は、えっと、ここの灯台に興味があるって?どうしてまた、こんななんでもない灯台で働きたいの?」

「これ。このエッセイが、すごくよかった」

「あー」


 少年が嬉々として差し出してきた本を見て、エイナルは頭をかいた。


「うちの祖父(じい)さんが書いた日記かぁ。全部読んだの?」

「うん、何度も。だから見てみたくって」

「あー、なるほどー。でもねぇ、そんなに憧れるほど楽な仕事じゃないよ?それに、君、病み上がりなんだろ? 体に差し障ったら……」

「体はもう大丈夫。楽な仕事じゃないのは理解してる。でも、どうしても、自分の手でやってみたい。なんの力にも頼らずに」


 少年はすっかり真剣な顔になっている。

 その緑青色の目を真剣に見返して、本気の色を読む。

 嘘のないまっすぐな瞳が、強い色をたたえて、突き刺すようにこちらを見ている。

 エイナルは、折れた。


「とりあえず、1週間だ」


 その代わり、厳しい顔で、条件を出す。


「1週間、一緒にやってみよう。それで、俺が無理だと判断したら、君は領主館に帰る。いいね?」

「わかった」


 少年は、深くうなずいた。


「じゃぁ、まず手始めに……」


 言いかけて……エイナルは視界の端に動くものに気づく。慌てて窓の外を見た。


 灯台から少し離れると、もう崖だ。手前がしばらく岩場になっていて、あとはもう、海へと落ち込む見事な断崖絶壁だ。

 その岩場に、人がいる。男女だ。たぶん夫婦連れ。後ろ姿がくたびれている。嫌な予感しかしない。


 ああもう!今日は、どうして思わぬお客さんばっかりくる日なんだ!


 エイナルは、すみやかに海側の窓を開けた。顔を突き出す。大きな声で、とっておきの陽気でのどかな声で叫んだ。


「おーい、そこのご夫婦! ようこそフローレ岬へ! もうすぐお茶が入るんです。よかったらご一緒しませんかー?」


 一直線に、黒いハスキー犬が走っていく。タネリだ。思いっきり夫婦の前から飛びついて、旦那さんが尻もちをつく。その顔を、思いっきりぺろぺろなめている。

 これであの夫婦は、崖から飛び降りられない。少なくとも今は。うちのタネリは天才じゃないだろうか!


「うちの犬がすみませんー! 今、そちらに降りますねー!!」


 再び明るいのんびり声で呼びかけてから、エイナルはすばやく、振り返った。


「レン!ダッシュで台所に行って!階段降りて右の扉を入って左!コハルがいるから、お茶5人分用意して!あといっちばん上等な美味しいクッキー!コハルに言えばわかる!」

「え」

「いいから早く!とっとと動く!」


 鋭い語気に押されたレンが、身を翻して階段を駆け降りていく。

 エイナルは、丁寧に窓を閉める。ふう、と息を漏らしながら、これからの流れを頭の中で組み立てる。


 まぁ、コハルもいるし、なんとかなるか。

 ひとりじゃない。そう思ったら、気持ちがすとんと落ち着いた。


 そしてエイナルは、いつもの冷静な足取りで、階下へと降りていった。




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