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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第3章 6月 夏の祭り〜白夜

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(3-4)

 

『よお、エイナル!珍しいな!今日は仕事いいのか』

『って、なんだよ、女の子連れてるのか?うっわ、デートか?!』

『おお、領主さんとこの新しい子か。コハルちゃん?灯台を手伝ってる?そりゃ偉い。ほら、これ食いな!お代はいいからよ』


 祭りの屋台をひやかしていると、あちこちから声がかかる。そのたびにエイナルは、穏やかに答えている。

 あまりに同じことを言われる。3点セットだ。なんとなくコハルも何を言われているのか、理解できるようになってきてしまった。


 エイナルが腕を貸してくれていて、本当によかった。コハルは街に降りてきてからこのかた、彼の腕から手を離せない。しがみつくように歩いている。


 街はいつもよりはるかに人が多い。店主と話している間にも、誰かしらが脇を通る。肩がぶつかってしまうこともある。気を抜くと、人の流れに勝手に乗って、思わぬ方向に体が行ってしまいそうだ。


「うーん、ずいぶんいっぱいもらってしまった。ありがたいなぁ」


 エイナルはほくほくと、腕に抱えた茶色い包みの山を、コハルに傾けて見せてくれる。

 いい匂いがする。お腹が空いた。空いたときにすぐに食べられるものがあるって、なんて幸せなんだろう。コハルはうっとりしてしまう。

 エイナルは、申し訳なさそうに眉を下げた。


「お腹空いたよね。ごめんね。座って食べられるところに行こうか。もうちょっとしっかりつかまっててね」


 のんびり歩きだす。コハルは、頼れる腕に引かれて行く。


「エイナル、すごい。歩くの上手!楽しい!」


 思わず声が出た。

 エイナルは、悠然と、人の合間をするりするりと進んでいく。コハルも誰にもぶつからない。

 コハルには分からない安全な道筋が、エイナルには見えているみたいだ。迫ってくる人波が、急に楽しい抜け道に変わる。


「そうかなぁ。そんなこと、初めて言われたなぁ。隠れた才能があるのかも?俺」

「ほんとにすごい!」


 コハルは、言いながら、もどかしくなった。


 エイナルは、いろんなものがよく見えている。

 コハルのことも、タネリやトピのことも気にかけながら、灯台や海や空、家の周りの動きにも、広く意識を向けている。

 いつだって、ゆったりした口調で話しながら、細やかな心の網を広げているみたいだ。


 それにエイナルは、ゆったりと流れるように、無駄なくきれいに動く。

 コーヒー豆を()る手つきに、いつも憧れて見とれてしまう。

 都で警備兵をしていた時には、きっと腕ききの、すてきな隊員さんだったんだろう。なんの経験のないコハルですら、そう思える。

 だから、こんなにするする道を歩けることに、驚きはしても、意外ではない。


 でも、それをきちんと伝えられる言葉が、コハルにはなかった。もどかしい。 


「大丈夫? 人がいっぱいいるから疲れたかな?」


 今だって、曇ったコハルの顔にすぐに気づいてくれる。エイナルの顔も曇っている。

 だからコハルは、パッと笑ってみせた。


「大丈夫! 人、たくさんいるの、慣れてる」

「慣れてるの?」

「うん。工事現場で」

「工事現場?」

「働いてた!」

「え?コハルが?そうなの?!それはすごい」

「まかせろ!めちゃかついでた!」


 コハルは細い腕に力こぶを作ってみせる。ほとんど筋肉が盛り上がらない。


「担ぐの?!何を?」

「丸い長い……棒!」

「わぁ、想像してたよりはるかにたくましかった。もしかして天秤(てんびん)棒のことかな……? そっかぁ、それでコハルは金づち使うのにも慣れてるのかなぁ。いつも良い手つきだよねぇ」

「まかせろ!金づち職人!」

「わかった、まかせちゃう。金づちコーヒー豆職人だね」


 会話が続くようになったのがうれしい。もっともっと、エイナルと話したい。


「ほら、ついたよ」


 そこは、町の庁舎の広場だった。赤レンガの立派な庁舎には、中央に尖った塔が立っている。街で一番背が高い。その前に広がっている、これまた街一番の大きな広場だ。


 広場の中心に、大きなポールが立っている。エイナルの背丈の3倍くらいはありそうだ。

 まるで花と緑のタペストリーみたいだった。編んだ花々や草のつるが、可憐(かれん)に飾り付けられている。


「きれい!」

「サマーポールだよ。あそこを3周回るんだ。無事に冬を越せたことを感謝して。また来年の夏も健やかにここに来られますようにって。そしたら花の女神から祝福が得られるんだよ」


 広場には、弾むような音楽が流れている。人たちが楽しそうにポールを囲んでいる。


「ほら、あっちに楽師たちがいるよ。みんなでバイオリンを弾いてるだろ? あとで、そばに行ってみよう。ポールも回りたいし……でもその前に昼飯だねぇ」


 机がたくさん並べてあるエリアに、ふたりは座った。

 ここも混んでいる。エイナルが来たのをみて、大喜びでテーブルを譲ってくれたご夫婦がいた。漁師さんらしい。


「いつも灯台を守ってくれてありがとよ!」

「こちらこそ、いつも魚のおすそ分け、助かるよ。本当にありがとう」

「おう!また持っていくから」


 エイナルの肩を力強くバンバン叩いて、漁師夫婦はポールの方に去っていった。

 エイナルは、顔見知りがとても多い。みんな、灯台守の彼に敬意を払っているのが伝わってくる。


「コハル、にこにこしてるね。ごはん、うれしい?」

「うん。ありがとう。いっぱいうれしい。ありがとう」


 あちこちでもらった包みの数々は、水分を漏らさない油紙でできていた。

 中には、焼いた肉や魚のフライ、ゆでた野菜に素揚げのイモ、パン、カラフルなお菓子。近くのワゴンで、ベリーのジュースも買ってきた。

 エイナルが、タラのフライと野菜をパンに挟んで渡してくれる。


「はい、どうぞ。魚の骨に気をつけてね」

「いただきます!」


 そこからふたりは、ゆっくり時間をかけながら、食べに食べた。


 そのうち隣のテーブルの人たちが、楽しそうにビールのカップを掲げて歌い始める。勢いよく乾杯する。ビールが少しカップからこぼれて、愉快そうにゲラゲラ笑っている。


「エイナルは、飲まない?嫌い?お酒」

「あー、うん、どっちかというと好きだけどね。まぁ、あとでわかるよ。コハルは?お酒飲んだことある?」

「ある。ひっくりかえった」

「ひっくりかえったかぁ。それは大変だねぇ。今日はやめておこうか」  


 笑いながら、エイナルは立ち上がった。コハルは再びその腕につかまって歩き出す。

 ふたりで大広場のあれやこれやを楽しむ。すっかりやり尽くしてから、2番目に大きな広場に行ってみる。


 競技大会をやっていた。

 観戦用に置いてあったベンチが、ふたり分ちょうど空いたから腰掛ける。


 キイックルという遊びらしい。

 12本の大小さまざまな大きさの丸太に、1から12までの数字を書いて、複雑に並べてある。それを1本の丸太を投げて倒す。合計の点数を競うみたいだ。

 

 誰でも参加できる競技のようだ。男性も女性も張り切って、豪快に丸太を投げている。

 なかなかに白熱し、優勝したのは港の管理役人の男だった。優勝のごほうびに、上等な干し肉の大袋をプレゼントされ、一緒に来ていた奥さんともども大喜びしている。


 熱戦が面白くて、結局最後までふたりして夢中で見てしまった。大満足だ。


「いいな、優勝!キイックル、やりたい」

「コハルもやってみたい? じゃあ、今度、木を削り出して作ろっか」

「のこぎり!まかせろ!」

「コハルはのこぎりも得意なのか、そうかー、頼もしいねぇ」


 とめどなく感想を話しながら、またそぞろ歩く。


 お祭りの街は、あちこちに花が飾ってある。明るい色と音とで溢れかえって、別世界みたいにキラキラしてみえる。いろいろなものが売っていて、いろいろなことをやっていて、いくら歩いても見たりない。

 

 庁舎の尖塔の鐘が7回鳴った。夏の夜を知らせる合図だ。とはいえ、白夜の空はまったく明るいままだけれど。


「そろそろ時間かな?」


 エイナルはつぶやく。それを聞きながら、コハルの目は、とある手押し車に釘付けになっている。


「ああ、夏至の花夢ワゴンだね。もう夜だから」

「はなゆめ?」

「ワゴンに、いろんな種類の花があるよね。そこから7本、心惹かれる花を選んで花束にするんだ。それで枕の下に入れて寝ると、えっと、その……すてきな夢が見られるかもしれない、らしいよ。女の子に人気なんだ」

「買う!」


 コハルは即決した。

 ほとんど手をつけたことのないお給金の中から、お小遣いをちょっとだけ持ってきていた。せっかくなら、お祭りならではのすてきな思い出になるものを買ってみたい。


 どの花にしよう。

 ゆっくり眺めて、白と黄色と淡いブルーの系統の花をそれぞれ2本。それから赤い花を1本。

 店主が茶色の油紙に包んで、根元をくるっとリボンでまとめてくれる。リボンの色も選べたから、赤色にしてもらった。


 エイナルが支払ってくれようとしたから、自分で払いたいことを頑張って伝える。

 彼は今日、お母さんの大事なネックレスを貸してくれた。もうそれだけで、十分だ。胸がずっとあたたかい。


 手にした花束がうれしくてうれしくて、何度も見てしまう。

 自分のお金で買った、生まれて初めての自分へのプレゼントだった。


「今日の服に似合ってる。いい色の花束だね。赤色の花が1本入っているのはどうして?コハルは赤が好き?」

「赤は、灯台の色!」


 コハルは弾けるように返した。

 いつも、灯台のてっぺんの赤い帽子みたいな屋根を目指して、長い坂を登っていく。灯台に行かない日でも、赤い屋根は領主館から目に入る。見るだけでも楽しい気持ちになる。 


「……そっかぁ」


 エイナルはとってもやさしい、沁みるような低い声でこぼして、花束を見た。


「よーし!コハルのおかげで、元気になった」


 うれしそうにコハルを見て、それからぐっと勢いよくこぶしを握ってみせた。


「今日最後のイベント、俺、勝手にエントリーされててさ。よかったら見ていってよ。あれだけは、できれば出ないで帰りたいなぁって今朝は思ってたんだけど……頑張れる気がしてきた!」




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