(3-4)
『よお、エイナル!珍しいな!今日は仕事いいのか』
『って、なんだよ、女の子連れてるのか?うっわ、デートか?!』
『おお、領主さんとこの新しい子か。コハルちゃん?灯台を手伝ってる?そりゃ偉い。ほら、これ食いな!お代はいいからよ』
祭りの屋台をひやかしていると、あちこちから声がかかる。そのたびにエイナルは、穏やかに答えている。
あまりに同じことを言われる。3点セットだ。なんとなくコハルも何を言われているのか、理解できるようになってきてしまった。
エイナルが腕を貸してくれていて、本当によかった。コハルは街に降りてきてからこのかた、彼の腕から手を離せない。しがみつくように歩いている。
街はいつもよりはるかに人が多い。店主と話している間にも、誰かしらが脇を通る。肩がぶつかってしまうこともある。気を抜くと、人の流れに勝手に乗って、思わぬ方向に体が行ってしまいそうだ。
「うーん、ずいぶんいっぱいもらってしまった。ありがたいなぁ」
エイナルはほくほくと、腕に抱えた茶色い包みの山を、コハルに傾けて見せてくれる。
いい匂いがする。お腹が空いた。空いたときにすぐに食べられるものがあるって、なんて幸せなんだろう。コハルはうっとりしてしまう。
エイナルは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「お腹空いたよね。ごめんね。座って食べられるところに行こうか。もうちょっとしっかりつかまっててね」
のんびり歩きだす。コハルは、頼れる腕に引かれて行く。
「エイナル、すごい。歩くの上手!楽しい!」
思わず声が出た。
エイナルは、悠然と、人の合間をするりするりと進んでいく。コハルも誰にもぶつからない。
コハルには分からない安全な道筋が、エイナルには見えているみたいだ。迫ってくる人波が、急に楽しい抜け道に変わる。
「そうかなぁ。そんなこと、初めて言われたなぁ。隠れた才能があるのかも?俺」
「ほんとにすごい!」
コハルは、言いながら、もどかしくなった。
エイナルは、いろんなものがよく見えている。
コハルのことも、タネリやトピのことも気にかけながら、灯台や海や空、家の周りの動きにも、広く意識を向けている。
いつだって、ゆったりした口調で話しながら、細やかな心の網を広げているみたいだ。
それにエイナルは、ゆったりと流れるように、無駄なくきれいに動く。
コーヒー豆を煎る手つきに、いつも憧れて見とれてしまう。
都で警備兵をしていた時には、きっと腕ききの、すてきな隊員さんだったんだろう。なんの経験のないコハルですら、そう思える。
だから、こんなにするする道を歩けることに、驚きはしても、意外ではない。
でも、それをきちんと伝えられる言葉が、コハルにはなかった。もどかしい。
「大丈夫? 人がいっぱいいるから疲れたかな?」
今だって、曇ったコハルの顔にすぐに気づいてくれる。エイナルの顔も曇っている。
だからコハルは、パッと笑ってみせた。
「大丈夫! 人、たくさんいるの、慣れてる」
「慣れてるの?」
「うん。工事現場で」
「工事現場?」
「働いてた!」
「え?コハルが?そうなの?!それはすごい」
「まかせろ!めちゃかついでた!」
コハルは細い腕に力こぶを作ってみせる。ほとんど筋肉が盛り上がらない。
「担ぐの?!何を?」
「丸い長い……棒!」
「わぁ、想像してたよりはるかにたくましかった。もしかして天秤棒のことかな……? そっかぁ、それでコハルは金づち使うのにも慣れてるのかなぁ。いつも良い手つきだよねぇ」
「まかせろ!金づち職人!」
「わかった、まかせちゃう。金づちコーヒー豆職人だね」
会話が続くようになったのがうれしい。もっともっと、エイナルと話したい。
「ほら、ついたよ」
そこは、町の庁舎の広場だった。赤レンガの立派な庁舎には、中央に尖った塔が立っている。街で一番背が高い。その前に広がっている、これまた街一番の大きな広場だ。
広場の中心に、大きなポールが立っている。エイナルの背丈の3倍くらいはありそうだ。
まるで花と緑のタペストリーみたいだった。編んだ花々や草のつるが、可憐に飾り付けられている。
「きれい!」
「サマーポールだよ。あそこを3周回るんだ。無事に冬を越せたことを感謝して。また来年の夏も健やかにここに来られますようにって。そしたら花の女神から祝福が得られるんだよ」
広場には、弾むような音楽が流れている。人たちが楽しそうにポールを囲んでいる。
「ほら、あっちに楽師たちがいるよ。みんなでバイオリンを弾いてるだろ? あとで、そばに行ってみよう。ポールも回りたいし……でもその前に昼飯だねぇ」
机がたくさん並べてあるエリアに、ふたりは座った。
ここも混んでいる。エイナルが来たのをみて、大喜びでテーブルを譲ってくれたご夫婦がいた。漁師さんらしい。
「いつも灯台を守ってくれてありがとよ!」
「こちらこそ、いつも魚のおすそ分け、助かるよ。本当にありがとう」
「おう!また持っていくから」
エイナルの肩を力強くバンバン叩いて、漁師夫婦はポールの方に去っていった。
エイナルは、顔見知りがとても多い。みんな、灯台守の彼に敬意を払っているのが伝わってくる。
「コハル、にこにこしてるね。ごはん、うれしい?」
「うん。ありがとう。いっぱいうれしい。ありがとう」
あちこちでもらった包みの数々は、水分を漏らさない油紙でできていた。
中には、焼いた肉や魚のフライ、ゆでた野菜に素揚げのイモ、パン、カラフルなお菓子。近くのワゴンで、ベリーのジュースも買ってきた。
エイナルが、タラのフライと野菜をパンに挟んで渡してくれる。
「はい、どうぞ。魚の骨に気をつけてね」
「いただきます!」
そこからふたりは、ゆっくり時間をかけながら、食べに食べた。
そのうち隣のテーブルの人たちが、楽しそうにビールのカップを掲げて歌い始める。勢いよく乾杯する。ビールが少しカップからこぼれて、愉快そうにゲラゲラ笑っている。
「エイナルは、飲まない?嫌い?お酒」
「あー、うん、どっちかというと好きだけどね。まぁ、あとでわかるよ。コハルは?お酒飲んだことある?」
「ある。ひっくりかえった」
「ひっくりかえったかぁ。それは大変だねぇ。今日はやめておこうか」
笑いながら、エイナルは立ち上がった。コハルは再びその腕につかまって歩き出す。
ふたりで大広場のあれやこれやを楽しむ。すっかりやり尽くしてから、2番目に大きな広場に行ってみる。
競技大会をやっていた。
観戦用に置いてあったベンチが、ふたり分ちょうど空いたから腰掛ける。
キイックルという遊びらしい。
12本の大小さまざまな大きさの丸太に、1から12までの数字を書いて、複雑に並べてある。それを1本の丸太を投げて倒す。合計の点数を競うみたいだ。
誰でも参加できる競技のようだ。男性も女性も張り切って、豪快に丸太を投げている。
なかなかに白熱し、優勝したのは港の管理役人の男だった。優勝のごほうびに、上等な干し肉の大袋をプレゼントされ、一緒に来ていた奥さんともども大喜びしている。
熱戦が面白くて、結局最後までふたりして夢中で見てしまった。大満足だ。
「いいな、優勝!キイックル、やりたい」
「コハルもやってみたい? じゃあ、今度、木を削り出して作ろっか」
「のこぎり!まかせろ!」
「コハルはのこぎりも得意なのか、そうかー、頼もしいねぇ」
とめどなく感想を話しながら、またそぞろ歩く。
お祭りの街は、あちこちに花が飾ってある。明るい色と音とで溢れかえって、別世界みたいにキラキラしてみえる。いろいろなものが売っていて、いろいろなことをやっていて、いくら歩いても見たりない。
庁舎の尖塔の鐘が7回鳴った。夏の夜を知らせる合図だ。とはいえ、白夜の空はまったく明るいままだけれど。
「そろそろ時間かな?」
エイナルはつぶやく。それを聞きながら、コハルの目は、とある手押し車に釘付けになっている。
「ああ、夏至の花夢ワゴンだね。もう夜だから」
「はなゆめ?」
「ワゴンに、いろんな種類の花があるよね。そこから7本、心惹かれる花を選んで花束にするんだ。それで枕の下に入れて寝ると、えっと、その……すてきな夢が見られるかもしれない、らしいよ。女の子に人気なんだ」
「買う!」
コハルは即決した。
ほとんど手をつけたことのないお給金の中から、お小遣いをちょっとだけ持ってきていた。せっかくなら、お祭りならではのすてきな思い出になるものを買ってみたい。
どの花にしよう。
ゆっくり眺めて、白と黄色と淡いブルーの系統の花をそれぞれ2本。それから赤い花を1本。
店主が茶色の油紙に包んで、根元をくるっとリボンでまとめてくれる。リボンの色も選べたから、赤色にしてもらった。
エイナルが支払ってくれようとしたから、自分で払いたいことを頑張って伝える。
彼は今日、お母さんの大事なネックレスを貸してくれた。もうそれだけで、十分だ。胸がずっとあたたかい。
手にした花束がうれしくてうれしくて、何度も見てしまう。
自分のお金で買った、生まれて初めての自分へのプレゼントだった。
「今日の服に似合ってる。いい色の花束だね。赤色の花が1本入っているのはどうして?コハルは赤が好き?」
「赤は、灯台の色!」
コハルは弾けるように返した。
いつも、灯台のてっぺんの赤い帽子みたいな屋根を目指して、長い坂を登っていく。灯台に行かない日でも、赤い屋根は領主館から目に入る。見るだけでも楽しい気持ちになる。
「……そっかぁ」
エイナルはとってもやさしい、沁みるような低い声でこぼして、花束を見た。
「よーし!コハルのおかげで、元気になった」
うれしそうにコハルを見て、それからぐっと勢いよくこぶしを握ってみせた。
「今日最後のイベント、俺、勝手にエントリーされててさ。よかったら見ていってよ。あれだけは、できれば出ないで帰りたいなぁって今朝は思ってたんだけど……頑張れる気がしてきた!」




