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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第1章 4月 出会う〜コーヒー
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(1-1)

 

 岬に遅い春がきた。


 ルノランディア国は、大陸の北の端っこにある小さな国だ。

 そんな端っこの国のなかでも、とりわけ端っこにぴょっこり飛び出すその岬を、人はフローレ岬と呼ぶ。


 フローレは、花の女神の名前だ。北国の人々に、待ちに待った花の季節を届けてくれる、心やさしい神様。


 その名をいただくのにふさわしく、4月の岬は美しい。くるぶしほどの高さに新緑の草葉がもえ、色とりどりの花が海風にゆれ、明るい陽ざしに輝いている。


 草原のはずれに、灯台が立っていた。

 黒い石造りの灯台は、遠くから見ると小さく見えても、近くで見上げるとちょっと首が痛くなるくらいに背が高い。


 ちょうど塔の中央だけ、腹巻きを巻いたように白いペンキでたっぷり塗られている。

 てっぺんの屋根は赤く塗られたドーム型。まるで赤い毛糸の帽子をかぶっているようだ。


 ドームの下は、ぐるりと大きなガラス窓。斜め格子の鉄枠に、風雨を耐え抜くガラスが二重にしっかりはめ込まれている。


 窓に守られた部屋の中央に、あたたかく明るく輝く炎のランプがある。

 複雑にカットされ磨かれたガラスのレンズによって、より強くなった光が、遠くに遠くに伸びていく。

 海ゆく船に、光のみちしるべを届けるために。


 その頼もしい働きぶり。ひと目見たら忘れられない愛嬌のある色合い。灯台は、街の人々や船乗りから、長年親しまれ愛されてきた。


 その灯台につながって、赤い三角屋根が乗っかった2階建ての家がある。

 灯台守(とうだいもり)の家だ。


 今は、一人の男が住んでいる。祖父も父も灯台守。名前はエイナル。22歳。去年、家業を継いだばかりだ。




 エイナルはコーヒーが好きだ。

 しばらく王都ルノッカで働いていた時に、すっかりハマってしまった。


 でも、さほど大きくもない港町には、焙煎(ばいせん)した豆を売ってくれる店がない。

 船の荷下ろしはあるので、生豆は手に入る。喫茶店もあるけれど、自分の客に飲ませるコーヒーを少量()るだけだ。


 だから、自分で焙煎する。


 台所で煎るにはにおいが強い。なるべく家の外でやる。

 去年、灯台守を継いでから、自分でレンガを組んで、屋外に簡単なかまどを作った。


 かまどに火を入れる。鍋を火にかける。うっすら緑色を帯びた白い生豆が入っている。


 シャカシャカカ。シャカシャカカ。

 蓋をした小鍋を左手で振る。

 シャカシャカカ。シャカシャカカ。

 こまめに振る。


 火にかけた最初のうちは、爽やかな、香ばしい匂い。

 そのうち、パチパチと豆のはぜる音が鍋の中からして、蓋から漏れる蒸気のにおいが濃く、重く、苦くなっていく。


 そのにおいだけでも、好みの焦げ具合がわかるようになってしまった。

 そのくらい、しょっちゅうコーヒー豆を煎っている。

 趣味のないエイナルの、唯一の趣味みたいなものかもしれない。


 満足のいくにおいになってから、鍋の中をのぞく。豆はすっかり焦茶(こげちゃ)のいい色だ。


 鍋を火から引きあげる。隣の台に置く。

 こちらの台も自分で適当に、レンガを積み上げて作ったものだった。


 ずっと中腰で作業していたエイナルは、そこで腰をそらせてうーんとうめいた。


 椅子に座って煎ったほうが楽な気がする。椅子を作るか。木板で組もうか、レンガを置くだけでいいか。


 そんなことをつらつら考えているうちに、向こうで犬が吠えた。

 エイナルの相棒のハスキー犬だ。名前はタネリ。

 だいぶ元気に吠えている。警戒しているというより、はしゃいでいるように聞こえる。


「どうした、タネリ」


 あまりの犬の騒ぎっぷりに、家の中から飼い猫までのそのそ出てくる。

 猫というにはかなり大きい。オレンジ色の長い毛並みが見事な猫で、トピという。タネリの親友だ。とにかく2匹で仲がいい。


 急ぐわけでもなく、悠然とタネリに向かって歩いていく。トピの姿を目で追った。

 そして、エイナルは、絶句した。


 ——妖精がいる。


 タネリの黒い背中が見える。ひどく尻尾を振り回して、妖精にじゃれついている。


 妖精は、紺のケープを羽織り、紺地に白い花の刺繍(ししゅう)があしらわれたワンピースを着ている。腰を大きなリボンでキュッと締めて、裾に向かってふわっと膨らむシルエットがたいそうかわいい。


 揺れる花々の真ん中で、長い黒髪が、風に吹かれて横に流れる。


 大柄な犬に突然全力で懐かれて、黒い瞳が困ったようにエイナルを見つめる。


 ちがう。妖精じゃなかった。

 女の子だった。


 妙にロマンティックなことを考えた自分が恥ずかしすぎる。穴があったら隠れたいのに穴はない。どうして作っておかなかったのか。


 でも、目を、離せない。


 エイナルは、動けない。

 女の子も、動かない。


 タネリとトピが跳ねている。


 ふたりの間を、春の風が吹く。




新連載、ゆるゆる投稿させていただきます。

どうぞよろしくお願いします!

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