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 松林家は、江戸時代から代々続く人形師の家系です。わたしは、幼い頃から人形に囲まれて育ってきました。

 物心ついたときには、ぴったりとくっつくように朝日がいつもそばにいました。そしてそのときから、朝日はとてもおしゃべりでした。父が言うには、朝日は初代当主が手がけた人形で、松林家の守り神のような存在なのだそうです。神様なのだから、言葉を話しても不思議ではないと。

 松林家の人形は神様も同然。大事に、丁寧に扱うように、きつく言いつけられていました。きっとそうやって、代々丁重に扱われてきたのだと思います。そんな古い人形とは思えないほど、朝日は美しいでしょう?


 ご維新の際には、波に飲まれそうになって危ない時期もあったようですが、幸いにも外つ国の人に気に入られ、輸出だったり博覧会に出品する機会に恵まれました。おかげで潰れることもなく、ご維新後の今でも松林夜兵衛の名は世に知れ渡っています。父と、母と、わたしと、人形たちが住む松林家は、とても幸福でした。

 

 風向きが変わったのは、五年前。そうです、忌まわしきコロリ病が流行った時期です。母がコロリ病に罹り、呆気なく亡くなってしまいました。

 母を失った悲しみも明けないまま、ある日、父はとある人を家に連れてきました。多恵子と陽太郎です。わたしの新しい母と兄だと、父は言いました。父は、母親を失ったわたしを、憐れんだのかもしれません。わたしのためにしてくれたのだと思えば、反論の余地はありませんでした。義母も、母親らしく接してくれてはいました。……でも、義母がわたしを見る目は、とうてい母親の視線ではなかったことは確かです。 

 義母と義兄を連れてきた一年後、父は仕事に向かう途中に、事故に遭って還らぬ人となりました。後から聞いた話によると、暴走した馬車と衝突してしまったのだそうです。

 短い間に実の両親ふたりを失い、残ったのは義母と義兄だけ。父の葬式が明けた途端、義母は人が変わったように、わたしを目の敵にし始めました。屋根裏部屋に追いやられ、朝から晩まで家事を押し付けられ、少しでも気に食わないことがあると叱責され、ときにはご飯を抜かれることもありました。

 とても辛かったですが、朝日が話し相手になってくれていたのが救いでした。こう見えても、朝日はとってもおしゃべりなんです。義母と義兄の悪口だって、平気で口にします。朝日がいくら言ったところで、聞こえないのだから。

 義母は、父と母の物だった着物や宝飾品を、我が物顔で使いだしました。そしてあろうことか、松林家の神様である人形たちを、物置きに押し込めたのです。

 義兄ですか? 一応、父の跡継ぎとはなっていましたが、結果はご存知のとおり。人形に対する愛もなければ、才もない。

 松林家の財産は、義母と義兄に食い潰される一方でした。


 そこまで話して、夕子はつと顔を上げた。


「すみません、前置きが長くなりました。今回起きた事件の兆候が見えだしたのは、つい最近のことです」

「兆候……ですか」

「はい。音です」


 夜中に、何かが布を引きずる音がするようになったのだ。最初は空耳か、義母か義兄が起きているのだと思っていた。朝日も何も言わなかったので、気にしない事にした。

 しばらくは、夜中にそんな音が聞こえていたが、特に何が起こるわけでもなかった。

 

 しかしそれから数日後、急に義母がわめき出したのだ。「簪がない! 盗まれたんだ!」と。

 もちろん真っ先に疑われたのは、夕子だった。着物を剥がれ、屋根裏部屋もひっくり返される。当然、見つかるはずもない。

 それでも気が晴れない義母は、夕子を呵責することで一旦は落ち着いた。


「そんな日が続いて、何を思ったか義母は突然、物置部屋を開けたんです」


 義母は驚愕しただろう。

 そこにあったのは、正面に鎮座する女雛雄雛と、まるで遊び散らされた玩具のように雛人形の周囲に散らばる、盗まれたはずの宝飾品だった。帯留め、指輪、簪……様々な宝飾品が、そこにはあった。

 

 義母も義兄も、人形たちを物置部屋に押し込めて以来、物置部屋を開けることはなかった。開ける必要もなかった。

 ならばこれは、夕子がやったに違いない。そう騒いで、勢いのままに警察を呼んだのだ。


 そうして呼び出されてやってきた警察に尋問されて漸く、固く口を閉ざしていた朝日が、助け舟のように夕子に白状したのだ。

 夕子は朝日の言葉をそっくりそのまま警察に伝え、義母は激怒し、義兄は気味悪がり、前田は困り果てた。その最中に、寒川と柴がやってきた、というわけだ。


「ひとつだけ、義母が触れていないことがあります。敢えて口に出さないのか、そもそも気付いていないのかは分かりませんが……。義母はあのとき、()()()の人形を箱に詰めて物置部屋に押し込めました」


 つまりそれは、雛人形も箱に詰めた、ということだ。

  

「正直俺は、彼女の言葉が嘘か誠か判じがたい。だがあなたなら、真実を見抜けるのではないかと思ったんだ」

「それは買い被りすぎです。わたくしは所詮、縁の巫女であり、人の嘘誠を見抜く力などありません。ですが……」


 椿姫は、ちらりと人形に視線を落とす。少女は俯き、その視線から逃れれるように、ぎゅっと人形を強く抱きしめた。

 その様子を見て、すっと目を細めた。


「……絶対に嘘だと言うことは出来ないでしょう」

「ほう?」

「初代当主が製作した人形と仰っていましたね。代々、"神"として崇められていたとも。それは古く、想いの宿った物であるということ。であれば、付喪神であってもなんら不思議ではないでしょう」

「付喪神……」


 やはり、あるのだ。

 付喪神絵巻や百鬼夜行絵巻は、過去の人間の想像の産物などではなく、実在している可能性。椿姫のように「見る」ことができた人間が、後世に残そうと絵におこしたかもしれないのだ。

 寒川は前のめりに訊ねる。


「ならば、この人形が、付喪神かどうか調べる方法はないか?」

「そうですね……なくはないですが……」


 いまいち歯切れが悪い。


「できるんだな? 調べてやってくれないか。今のままだと状況的に彼女が犯人にされてしまうし、彼女の言葉を立証するのも難しい」

「……付喪神が宿っているか分かるだけで、会話が可能かどうかまでは分かりませんよ」

「構わない。付喪神が宿っていなければ、それまで。しかし宿っているなら、彼女の言葉を真っ向から否定できなくなる。その後は警察の仕事だ」

「…………」


 それでも、椿姫は首を縦に振らない。一体何が、彼女を踏み留まらせるのだろう。

 ひとつ思い当たる節があり、寒川は懐に手を持っていった。

 

「追加料金が必要なら、もちろん払おう」

「いえ、そういう問題ではないのです。もしほんとうにこの人形に付喪神が宿っているならば、相手は神です。神力を調べるということは、神の力を疑うも同義。喧嘩を売られたと思われたら、色々面倒でして」

「そう……なのか」


 あっさりと首を振られ、しかもその真っ当な理由に、寒川は恥じ入った。

 どうやら自分は、椿姫のことを相当な銭ゲバだと思い込んでいたようだ。いや、多少金にがめついのは間違いないのだが、金が必要であれば今のように躊躇うことなく、きちんと口に出して要求している。

 

 それに、神という超越した存在については、ただの人間である寒川が口を出すことはできない。ちら、と朝日に目を向ける。せめて朝日と意思疎通ができればいいのだが。

 そのとき、夕子がふと顔を上げた。

 

「"かまわぬ"」

「え?」

「"それで夕子の疑いが晴れるなら、好きに調べるがいい"……朝日は、そう言ってます」


 低く、荘厳な声色で、少女の口から発せられる。まさに、神が乗り移ったかのような。

 椿姫と寒川は、顔を見合わせる。

 次の瞬間には、年相応の少女に戻っていた。


「嘘じゃ、ありません。朝日は話せます。お願いです、巫女様。朝日はいるんだって、証明してください」


 夕子はそう言うと、袂から麻袋を取り出して、椿姫の前に置いた。チャリチャリと、いくつもの金属が重なる音がする。

 まさか、と思う。


「お金はこれだけしかないけど……あ、盗んだお金じゃないんです。お父様とお母様が、私に残しておいてくれたお金で……こっそり隠し持っていました。どうか、お願いします」

 

 継ぎ接ぎだらけの襤褸着物を着た少女は、人形を抱きしめたまま、がばりと頭を下げる。

 着物を新調することもなく、もしものときのために貯めていたのだろう。もしかしたら、新しい着物を買うことで、金銭を隠し持っていることを勘づかれるのを避けたいという意図もあったのかもしれない。

 

 椿姫はしばらく逡巡した後、差し出された袋を掴んで突き返した。


「……いいえ、これはお返しします」

「巫女様……! どうしても、ダメですか。足りないなら、働いてきっとお支払いしますから!」


 突き返された麻袋に、絶望したように嘆く。

 あまりいくらなんでもこれは、あんまりではないか。柴も同じように思ったらしい。一歩踏み込んだところで、椿姫は再び口を開いた。

 

「誤解なさらないで。許可が出たのであれば、神力を調べるくらい大した労力にはなりませんので、お金も不要ということです。それは、いつかほんとうに必要になったときのために、取っておいてください。人形――朝日さまを、こちらに」


 ぽかんと椿姫を見上げる少女から人形を受け取り、代わりに金の入った袋を握らせる。

 朝日を卓に置き、慣れた手つきで儀式の準備を始めた。


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