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「――ぁ」


 朱塗りの鳥居をくぐると、夕子が小さく声を上げた。


「どうしましたか」

「いえ、あの……」


 柴に問われ、夕子は腕に抱えている朝日を見る。そしてまた、困ったように眉を下げて柴を見上げた。


「朝日さんが何か言いましたか」

「…………はい。その……か、『神の気配がする』と」

「ここは神社ですからね。紙縒神社の神様でしょうか」


 言いづらそうに、朝日の言葉を柴に伝える。信じてもらえないと思ったのかもしれない。

 だが柴は、疑う間もなくその言葉を受け止めた。夕子がほっと肩をなで下ろす。


「朝日、ずっと静かだったから心配していたんです」

「へぇ。朝日さんはお喋りさんなんですか?」

「はい。普段は、うるさいくらいずっと喋ってて……」


 いつの間にか、柴と夕子は仲良くなっている。だいぶ緊張がほぐれたのか、年相応の柔らかい表情を浮かべるようになった。

 そんな二人の様子を、寒川は半歩後ろから眺める。親子……いや、兄妹のようだ。

 

 柴が子供から好かれやすい雰囲気だとは思っていたが、ここまで子供の扱いに慣れているというのも意外だった。寒川は、子供はおろか人付き合いもあまり得意なタイプではないので、こういうとき柴の存在がありがたい。


 雨が降っているせいか、普段は参拝客で賑わっている紙縒神社も、今は閑散としていた。参道を進み、朝日の進言で手水舎で手を禊ぎ、境内に入る。


  その途中、寒川が一度も手水舎で禊をしなかったことがバレ、朝日に散々になじられた。

 神聖な神は、俗世の穢れを嫌うのだと。穢れを纏ったまま神に祈るなど、無礼千万だと。

 

 それは朝日の言葉ではあるが、声の聞こえない寒川たちに通訳するのは夕子だ。周囲から見れば、十歳の少女に大人の男が詰められているという、なんとも言えない光景である。

 幼い子供に反論するのも大人気ないので、寒川は口を引き結んで甘受するしかない。その様子に笑いを堪える柴の頭をはたき、社務所の前までやってくる。


 雨粒の吹き込みを阻止するためか、扉はぴたりと閉じられていた。「休憩中」の貼り紙はされていない。寒川は扉に手をかけ、開ける。


「ようこそ、お参りくださいました。絵馬、お守り、おみくじ、縁に関するご相談。何をお求めですか?」

 

 社務所の扉をくぐると、いつもの言葉が寒川達を迎えた。

 黒曜石のような瞳が、社務所に入ってきた人物を捉える。途端、椿姫は呆れたようにため息を吐いた。

 

「……またあなたですか」

 

 全く歓迎されていない。

 頻繁に訪れている自覚はある。頼りすぎていることも事実だ。

 椿姫は一般市民。こうも頻繁に一般市民を事件に巻き込んでいては、警察組織としての存在意義が疑われる。ゆえに寒川は、「申し訳ない」と謝るしかない。


「謝罪は不要です。謝罪の言葉が出てくるのであれば、どうするべきかお分かりのはず」


 椿姫は指先を揃えた手で、すっと扉の方を示した。暗に、「帰れ」と言っているのだ。

 だが、引くわけにはいかない。


「無理を言っているのは承知している。だが、俺たちはそういう事件の専門部署ではあるが、残念ながらツテが少ない。頼れるのがあなたしかいないんだ」

「ツテの話であれば、矢神神社の方が得意ですよ。ほら、振袖の件でお会いになったでしょう?」

 

 寒川は渋面を作る。

 

「……あれはどうにも、頼る気になれなくてな……」

「まあ、それもひとつの縁のかたちなんでしょうね」  


 そんな縁があってたまるか。寒川は内心で毒突く。


「あなたは分別のある方だと思っておりましたので、きちんと説明していませんでした。こちらの落ち度です。申し訳ありませんが、わたくしは、同じ方からのご相談は受けないことにしております」

「…………なぜ?」

「人間とは、欲深い生き物です。あなたがたは、神の力をその目で見て、()()()しまった。人間は、一度その力に魅せられてしまえば、欲は際限なくなる。そんな人間を、たくさん見てまいりましたので」

 

 その言葉は正鵠を射ていて、寒川はなにも言い返せない。

 椿姫の言う通りだ。寒川たちは、椿姫の力に魅せられた。今までであれば「アホらしい」の一言で片付けていた現象に、椿姫の力を見てからは「人ならざるモノの力の可能性」を考えるようになってしまっていた。

 

 そして椿姫ならば、神の力を行使して解決できるのだと、信じ込んでしまっている。奇跡の力に頼りきっている証拠だ。

 

 人形が喋るとか、雛人形が夜な夜な家の中を歩き回って物を盗むとか、そんなことは普通有り得ない。きっと、夕子に対しての反応も、前田の方が正しいのだ。

 この考えは、この先もずっと付きまとうことになるのだろう。


 ――でも。

 

 ならば、人形が喋るなどアホらしい、と一蹴すべきだとでも言うのか。そんな嘘をついて、逃げようとしているだけだろう、と詰るのが正しいのか。

 身内に疑われ、味方はおらず、たった十歳の少女が孤独に闘うその言葉を、ひとりくらい受け止める人間がいたっていいのではないか。


 寒川はぐっと奥歯を噛み締めた。


「……あなたの言い分は最もだ。だが、どうしても、助けてもらいたい子供がいる。その子の話だけでも、聞いてやってくれないか」

「……子供?」

 

 寒川が入り口に目を向けると、柴は神妙な面持ちで、夕子の手を引いて中に入った。

 椿姫が訝しげに眉を寄せた。

 

「そちらの子は?」

「彼女は松林夕子。窃盗の容疑をかけられていて、現在は警察で身柄の拘束兼保護中だ。この子の無実を証明したい」

「……ますます、理解できませんね。事件の真相を調べるのは、あなたがた警察の仕事では? わたくしの力の出番はないように思います」

「もちろん、警察としてできる範囲での捜査はしている。だが途中で、どうしても人間以外の存在が浮上してくる。それは実際に存在しているのか、していないのかすら、俺たちには判断ができない」


 椿姫は眉根を寄せたままだ。だが、話は聞いてくれているらしい。


「例えば、人形が言葉を話す可能性はあるか? 人形が、夜な夜な家の中を歩き回る可能性は? 物を盗む可能性は?」

「……なんです?」


 初めて椿姫の表情が変化した。ぴくりと瞼を動かし、目を眇めて寒川を見上げる。

 どうやら興味を引けたらしい。寒川は心の中で喜悦した。


「今回の窃盗事件、犯人は人形だと証言する者がいる。だがその証言者も、人形なんだ。そんなことは有り得ないからと、夕子に白羽の矢が立っている」


 椿姫は顎に手を充て、考え込むように夕子と朝日をじっと眺める。

 

 彼女は非情ではない。依頼を断るのも、神の力に頼りきった貪欲で愚かな人間を作らないためだ。そうではないことを伝えれば、もしかしたら。

 そう思ったときだった。夕子がすっと前に出る。


「巫女様、()()()()相談、聞いていただけませんか。この方たちは、困っているわたしに、巫女様を紹介してくださっただけなんです」

「………………」

「椿姫さん、どうかお願いします。お金なら僕が」


 夕子の言葉に乗って、柴が前に出る。そして前回寒川が納めたのと同様、一円札を卓の上に置いた。

 暫くその一円札と夕子に視線を彷徨わせ、やがて諦めたように深く息を吐いた。


「…………わかりました」


 椿姫はそう言って柴を見上げ、人差し指と中指の二本の指を立てた。

 

「ただし、二円、お納めいただきます」

「えっ」

「通常であれぱお断りしている案件である、ということを、お忘れなく」


 夕子がはっとしたように、自身の懐のあたりをまさぐった。まるで自分がお金を払おうとしているようだが、一円という大金は持っていないはずだ。

 柴も同じ考えのようで、夕子の様子を気にすることなく、さらに一円札を財布から抜いた。


「椿姫さん、感謝します。どうか、よろしくお願いします」


 卓の上に置かれた一円札二枚を懐に収め、夕子に視線を向けた。今回の相談者は、あくまでも夕子だからだろう。


「伺いましょう。相談内容を伺った上で儀式を行い、引き受けの可否の判断をいたします。可と判断した場合の費用ですが、かかる時間や手間等を考慮し料金を決定しますので、後払いでお納めいただきます。よろしいですね」

「はい、ありがとうございます」


 夕子は深く頭を下げ、一歩、前に出た。 

   


 

 

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