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ドラゴンの庭

緑のドラゴン

作者: 笹月美鶴

 この世界はドラゴンの庭ほどしかない。

 はるかな山々、広大な草原、巨大な街。

 そのどれもがドラゴンの庭に散らばったおもちゃたち。

 世界は、ドラゴンの庭なのだ。


 これはここではない、どこかの世界に伝わる、ドラゴンのお伽噺。

 深き森に棲むのは、森の王たる緑のドラゴン。


 その大きな体を包み隠す大樹の下で、木々のざわめきに耳を澄ます。

 心やさしきドラゴンを慕う妖精達が彼の鱗を毎日磨き、その体は木漏れ日にキラキラと輝く。

 翼を持たない緑のドラゴンは大空を舞うことは出来なかったが、森の風にいつもじっと目を細めていた。



 あるとき、緑のドラゴンは人間の娘に恋をした。

 黒き髪、白き肌。ドラゴンを恐れず、まっすぐに見つめる瞳。

 娘は森のふもとの村の巫女。

 緑のドラゴンを神とあがめるその村は、緑のドラゴンにしばしば貢物を持ってくる。

 それを運ぶのが娘のつとめ。


 娘を愛した緑のドラゴンは人の姿に変化して、娘に想いを告げる。

 娘は驚いたが、その美しき姿に心を奪われる。

 もともと巫女として緑のドラゴンを愛していた娘。

 娘は緑のドラゴンと添い遂げる決意をする。

 娘は村に別れを告げて、緑のドラゴンのもとから帰って来なくなった。



 帰らない娘を、村人たちは心配していた。

 ほどなく、緑のドラゴンの使いの美しい鳥が、娘からの手紙を村の長のもとへと届ける。



 ドラゴンと共に暮らすことになりました。

 私たちは愛し合っております。

 ご心配なさらぬように。



 愛にあふれた幸せそうな手紙。

 その手紙を握りつぶす、大きな手。


 不在の村の長に代わって手紙を受け取った村の長の息子。

 彼は手紙を読むなりワナワナと震えます。


 彼は娘をとても愛しておりました。

 いつかこの想いを伝えようと胸を高鳴らせていたというのに、よりにもよって人でないものに嫁ぐとは。



 ドラゴンを愛している? ばかな!

 きっとドラゴンが魔法で娘の心を奪ったに違いない。

 娘は渡さない!

 いや、裏切ったのは娘のほうか?

 オレ以外の男に嫁ぐなど許さない。

 ましてやドラゴンなどと。


 許さない。

 許さない。

 許さない。



 怒りに燃える村の長の息子は家を飛び出すと、広場に立って村中に聞こえるような大きな声で叫びます。



 ドラゴンが娘を生贄に欲し、そして娘は村を救うためにそれを承諾した。

 応じなければ村を滅ぼすと娘を脅したのだ。

 これが娘から届いた手紙。

 恐怖に震えるかわいそうな手紙。



 村の長の息子は娘からの手紙を村人達に見せました。

 その手紙は大きな手にしっかりと握られ、村人達が見えるのは、手紙の最後に記した娘の名前だけ。

 なぜかその手紙は赤い血に濡れておりました。



 かわいそうな娘を見殺しにしていいのか?

 これは一度では終わらない。

 ドラゴンはきっとこれからも生贄を欲するに違いない。

 ドラゴンをこのままにしていていいのか?



 村人たちはとまどった。

 彼らにとって、ドラゴンは神。

 今まで生贄など要求されたことはない。

 なぜ今突然に?


 うろたえる老人たち。

 だが、血気盛んな若者が一人、また一人と村の長の息子のもとへ集う。


 娘の弔い合戦だ。恐ろしいドラゴンを野放しには出来ない。

 家族を守れ。村を守れ。


 その号令と共に、男たちは森に駆け出す。老人たちが止めるのもきかずに。



 男たちは森の奥深くに入ると、静かに佇む木々に次々と火を放つ。

 ドラゴンの住まう大樹を囲むように。


 翼を持たぬ緑のドラゴンと娘。彼らに逃げるすべはない。

 緑のドラゴンは娘を守ろうと、必死に娘を抱きしめる。

 緑のドラゴンの頑丈な鱗は迫り来る炎から緑のドラゴンを守ったが、娘は緑のドラゴンの腕の中で息絶えた。



 炎は三日三晩燃え続け、森を焼きつくす。

 ふもとの村まで巻き込んで、何もかも焼きつくす。


 緑のドラゴンをやさしく包んだ大樹も、妖精達の住処も、愛する娘も。


 後にはただ荒野が広がるだけ。

 黒い墓標のような木々の中、ぽつんと立ちつくす緑のドラゴン。

 その腕に愛する娘の亡骸を抱きしめ、美しかった緑の鱗は黒く焦げた色に変わっていた。


 うつろな目で娘を抱きしめたまま緑のドラゴンはふらふらと、変わり果てた森を後にする。


 だただた歩く。それはどこへ向かうのか。



 死に場所を求めてか。

 血を求めてか。



 緑のドラゴンは、ただただ歩く。

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