第一章 三話 夢と決意
「危ない!!」
なんだ?と思い見やると、先ほどステージの上で演説をしていた体の大きな若い狐がいるのが見えた。
これだけの騒ぎだ。声を聞きつけてやってきたのだろう。
しかし、やけに焦っているようだ。
やはり、中の子供が心配なのだろうか?
あれ、でもあの演説していた狐はまだその事は知らないのでは?
演説が終わってすぐ去っていったはずだ。
じゃあ、何故そんなに焦っーーーーーッ
激痛。
あれ、なんだこれ、熱い。
熱い?いや、痛いんだこれ。
少し視線を向ければ、すぐ近くの、街を支えている柱の一部が焼け落ちてなくなっている。
横を見ると、驚いた表情のまま固まる友人狐。
何か言っているが聞こえない。
転生しても、演説聞いて終わりか。
本当にしょうもないな、、、
?
意識がある。
体の何百倍もある柱が直撃して助かった?
そんな、直撃で死ななかったとしても焼死するだろう。
目を開いたつもりになっても真っ白な景色しか映らない。
ここがあの世なのかな。
通説通り何もないのか。
見えないのは承知しているが、あたりを見渡すように視線を移動させる。
?
一つ、白以外の色がある。
黒い点だ。
なんだろう。
四肢の感覚はないが、前に進もうと思うだけで黒点はだんだん大きくなっていく。
穴?
豆粒ほどの大きさからどんどん大きくなる黒点だが、自分と同じくらいの大きさになると、もうそれ以上は大きくならなくなった。
この黒い穴以外、他になにもない。
完全に諦念しながら、ある種希望を持ちながら。
その穴の中へと足を進める。
どこかで聞いたことがある。
白狐は、あの世とこの世を行き来する
ーーーーーーーー。
うーん。
なんだか体が楽になった感じがある。
黒い穴の先の景色を見ようと目を開ける。
「わっ!!いきてた!?」
友人狐がいる、周りを見ると自分を中心にたくさんの狐が集まっている。
本当に、あの世とこの世を行き来できた?
いや、通説では白狐が神の使いという話だ。自分はただの黄色い狐だったはず、、?
下を見やると、可愛らしい前足が。
前との違いはその色。
可愛らしい、白い前足が。
意味がわからない。
というより、狐になってから何もかもがわからない。
突然狐になり、起こされ、演説を聞いたかと思えば、巨大な柱が直撃、、。
でも、生きてる。
何が何だかわからないけど、生きてる。
悲しいわけじゃないのに、何故か涙が出てくる。
涙でぼやけた視界には、同じく顔を歪めて、涙を流す友人狐が。
そこからは、周りのことなど覚えていないが、ひたすら友人狐と泣いたのだけは覚えている。
場所は変わり、僕は今豪勢な建物の中にいた。
豪勢と言っても、石が使われていたりするだけで、相対的に見れば豪勢というだけだ。
僕の前には演説をしていた体の大きな若い狐と、やけに歳をとった長老然の狐がいる。
ひたすら泣いて、しばらくした頃に目の前にいる2人の狐が来て、僕をここに連れてきた。
友人狐は静止され、ついてきていない。
「君は、ナーヴェではないね?」
若い狐が言う。
「僕はこの集落の長の息子、マジョーレ」
「私は集落の長、サンブコだ」
続いて名乗ろうと思ったが、狐の名前は持ち合わせていない。
それに、ナーヴェとは誰だ?
「大丈夫、名乗れなくて何も問題はないよ。君は、ナーヴェという狐の肉体を得た」
肉体を得た?
転生じゃなく?
「少し難しい話だ、私から話そう」
長老だという、サンブコという狐が少し前のめりになり、話す。
「君が元々何で、どうしていたのかはわからない。
ナーヴェの体の君は致命傷を受け、死んだ。あの世に行った」
そのはずだ。
「だが、こうして生き返った。白い狐となって」
「じ、じゃあ、僕はナーヴェの体を乗っ取ったっていうことですか?」
自分が他の意識をおしのけて、体を乗っ取った。
そう考えると、取り返しにならない酷いことをしたような気持ちになる。
でも、僕がしようと思って乗っ取ったわけじゃない、勝手にそうなっただけだ。
そう思っても、自分が恐ろしい何かになってしまったような気分になり、ガタガタと震えてしまう。
「そうではない。先も述べたが少しややこしくてな。ナーヴェが今日死んでしまうのは決まっていたのだ」
しかと目を合わせながら言うサンブコ。
マジョーレも横で真剣な面持ちをしている。
少なくとも出鱈目ではないだろう。
でも、なんで今日死んでしまうとわかるのだろう?
「何百年に一回、死の直前に意識が別の何かと変わり、死して白狐となる狐が現れると言われているのだ。」
自分の知識と一致する。
「種族の窮地を救うとも、滅ぼすとも言われている、狐が神に憑かれている状態という伝説だ」
「しかし、僕は神でもなんでもなかったですよ、ただの人でした!」
狐に神が憑いているなんて。ただの人が意識を乗っ取っただけだというのに。
サンブコが口を開く。
「神が自分を神として認識しているのかさえ、私たちにはわからない。少なくとも、伝承の通り白狐が現れた。それだけで神に等しいものだと言えよう」
そう言われると閉口するしかない。
でも、自分が一つの意識を消したと言う事には変わりがないように思える。
「僕は君が我々を救うために現れたと信じている」
マジョーレが言う。
救うと言っても、こっちも何もわからない状態なのだ。
自分を救って欲しいくらいである。
「そう言われても、僕も何もわからない状態です。ナーヴェの意識を消した事には変わりはないですし、、」
そういうと、サンブコが少し前のめりになる。
「そうではない。狐は死期を予期すると、魂と肉体の連携が薄くなる。ナーヴェもそうだったのだ。そこで、君が干渉した」
「じゃあ、やっぱり、!」
「そう急くんじゃない。連携が薄くなったとはいえ、魂と肉体はそう簡単に切り離すことはできない。干渉されたとしても、その肉体は魂の許しがなければ奪われることはない」
サンブコが必要以上に気迫のある面持ちで言う。
「つまり、ナーヴェがお前の干渉を許したのだ。乗っ取ったわけでも奪い取ったわけでもない。継承だ」
「!」
「何かしらの方法で、ナーヴェは一度、君に声を聞かせているはずだ」
確かに不思議な声は聞いたが、あれは隣のベッドの彼の声のはずで。
ナーヴェ、と言っても名前以外の情報はないが、自分以外の意識が近くにあるような気分になる。
継承。
継承した肉体。
「ナーヴェがお前に託したその体で、我々を救ってくれないか」
サンブコとマジョーレが言う。
やっぱり、ナーヴェの意思を尊重したい。
名も知らぬ彼は狐だったのかもしれない。
見事に彼に騙されたと言うわけか。
文字通り、狐につままれたわけだ。
彼は僕の夢を話す姿に救われたとも言っていた。
彼がなんなのか、ナーヴェが彼なのか。わからないことばかりだが、少なくとも彼らの意思は一致しているように思えた。
元々、一度死んだ身の僕に選ぶ権利はないと思う。
一度目を瞑り、見たこともない、血のつながり以上の関係を持つ肉体の譲り主にも話しかけるつもりで言う。
「わかりました。僕達が、なんとかします」