第一章 一話 流れ転じて狐と成る
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
物心ついた時から、規則的な電子音の側で生きてきた。
母は優しく、動けない自分の側にできる限り寄り添っていようとしてくれていた。
父は多忙ゆえ偶にしか顔を見せてくれないが、稀に訪れた時は無表情の中にある優しさを感じた。
妹は僕がどんな状態で生きながらえているか理解していないのだろう。
しかし、いつも無邪気な笑顔で話す妹に救われることは多かった。
だが、ただ寝たきりで過ごす日々は確かに辛いものだった。
一つ救いであったのは、隣のベッドにいた、同じく寝たきりでいた同年代ほどの少年の存在だ。
彼の名前は知らないし、彼も僕の名前を知らなかった。
一度だけ名を聞いた時には、
「どうせすぐに別れてしまうんだ、知る必要はないよ」
と、彼には珍しく悲観的な事を言うのでそれ以上聞くことはしなかった。
一年ほどの付き合いだったが、姿を見たこともない。
僕と彼の間の仕切りに映る影だけが、声以外に彼がそこにいる事を証明していた。
彼は、とても優しい話し口調で饒舌に話し、僕の話もよく聞いてくれた。
あまりにも良く聞いてくれるので、誰にも話したことのない、自分の夢まで話してしまった事もある。
同じような日々の中、彼との会話のみが刺激を与えてくれた。
そんな彼が死んだ。
同じような日を無限に繰り返すのに嫌気がさして、何度も死にたくなった。
だが、この体だ。自分で死ぬことも選べない。
こんな状態で、本当に生きてると言えるのか。
今でも仕切りの奥に、彼がいるんじゃないかと錯覚することがある。
そんな事を思いつつもまた、布団とシーツの隙間で夢の世界へ意識を手放そうとした時。
彼がいたベッドとの薄い仕切りが、動いた気がした。
驚いてそちらを見るが、仕切りは動いていない。
やっぱり気のせいか。
「君は僕に夢の話をしてくれたね」
とうとう彼の声で幻聴まで聞こえる。
「君の夢に、嘘はないように見えた。夢を語る君の姿が、まるでその夢の通りに僕を救ってくれたんだ」
どういうことだろう。彼は死んでしまった。救えてなんていないじゃないか。
「そうだね、こっちでも僕は死んでしまった。だが、いっときでも君に救われた、心が楽になったんだ」
そんな事に本当に意味があるのか。
死んでしまってはもう何もできないではないか。
「その通り。僕はもう何もできない。だから、君に託そう」
そう彼の声が言うと、視界が眩い光に包まれた。
はっと、仕切りの方を見ると眩い光に視界が占領されていく中、彼のベッドの上に小さな生き物のような影を見た。
ーーーーーーーーー。
「ーーー!」
…
「起ーーー!」
……?
「起きろー!」
「わっ!」
驚いて目を開ける。目の前にはもふもふで、黄色い尖った顔の…
「…狐?」
思わず口に出してしまう。
「何言ってるの?寝ぼけてないで、早く行くよー!」
「う、うん…」
とりあえず返事をして、立ち上がる。
立ち上がり、藁のような植物の床を数歩歩いたところで。
…ん?歩いてる?
病弱のはずで、一度も歩いた事は無く、立ったことすらない自分が?
おかしい、と思い下を見ると可愛らしい前足が。
もふもふで黄色く、先の方は黒くなっている。
「ほら、早くー!」
見たことのないほど大きな植物の葉のようなもので出来たドアの前に、先ほど自分を起こした狐がこちらを振り返りながらドアを開けて待っている。
「は、は〜い、」
震える声でなんとか返事をして、外に出る。
自分を起こした狐の後を追って少し進もうとしたところで、ちょっとした水たまりを見つけた。
恐る恐る近づいて、覗き込むと…
狐になってる、、!?
稚拙な文章ですが、読んでいただきありがとうございます。
これからの展開が気になる、もっと読みたい!と思っていただければ幸いです。
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