3.今度は助ける、絶対に。
あー疲れた!」
特に変わりのない女子のもの、という感じの部屋で私は肺に溜まった空気を一気に吐き出した。
心からの叫びだった。今日、私はお見合いをした。
いきなり親にその話をされたときは、本当に悩んだしうけるべきか本当に悩んだ。
相手の名前は涼風楓。ひとつ下の高校2年生だ。標準通りといった感じの体型をしている。どちらも異性嫌いだからと、親の手によってお見合いが計画された。
1ヶ月間悩んだ末に、結婚するしないに関わらず合ってみる、と言う結論に至った。それは楓の症状を聞いてみると、それは私の男嫌いとにている症状だったからだ。
女性を前にするだけで、腹の底からグツグツとマグマのようなものが湧き出てきてとても「嫌な気持ち」になるらしい。それはもはや、嫌いではなく、体が拒否している、の表現のほうが正しのではないか。
楓も私と同じ症状を持ているがゆえに今の私のこの症状を一番理解してくれる人間は楓だろう。
そして楓は優しかった。昨日のショッピングモールで助けてもらったことにはとても感謝している。
「決めた、私楓くんと結婚する」
そのつぶやきを誰かに聞かれたかも、と思い、とっさに部屋の入口を見るが、幸い閉まった扉に異変はない。
「明日会いに行ってみようかな」
その考えを止める存在があった。#林拓蔵__はやしたくぞう__#。その人物だ。
あいつがいなければ私が学校で男子を全員塩対応することもなかった。奴は私の男嫌いの原因。あいつが来るまでは私は普通の学生だった。
その林は長い間学校に来ていなかったのだが、明日再び学校に来るらしい。不安を胸に、私はベッドに入った。
学校に入るといつもざわざわされるのだが、今日はいつも以上にざわざわが大きい気がする。とりあえず教室に避難する。
「おはよ」
友だちに声をかける
「おはよう。ねぇ楓花!ヤバイよ!」
「何が?もしかして来たの?林拓蔵」
「なんで楓花が知ってんのよ?!」
「え、えと……」
「うーん、まあいいや。そんなことより!今日は1回も男の子と話しちゃダメだからね!」
「わかってるよ、絶対話さない。」
「またさっさと不登校になってくんないかな」
その日は咲とずっと一緒にいて、男の子を避けて生活していた。あっという間に時間はすぎ、いつの間にか帰りのホームルームの時間になっていた。
帰りの挨拶をしてから帰りの電車まで時間があったので少し勉強をしてから帰ろうと思い、勉強道具を自分の机に開く。私は高校3年生なので、来年は受験がある。
集中もできないし今日はもう帰ろうと荷物をまとめていると咲が顔を赤くして走ってきた。
「ふ、楓花!やばいよ!楓くんが!」
嫌な予感がした。
「咲、もしかっして・・・林拓蔵?」
「たぶん」
息を切らしながらそう言う咲の言葉を聞いて取る行動は一つだった。
「行かなきゃ。今度は助ける、絶対に。」
私はすぐに校舎裏に向かった。運動はよくするし、体力にも自身があるけれど、今の状況のせいだろうか、少しもスピードが出ていないように感じる。
あのクソ不良はこれまでに私と少しでも仲良くなった男を全員うつ病にさせている異常者だ。
2年前、私は彼にもう私と私の身の回りの人に近づかないでくれと頼みにに行った。
結果はひどかった。
私はスタンガンのようなもので動きを止められ、縛り付けられ犯されそうになった。
ギリギリのところで咲が人を呼んでくれなかったら、私は服を破られるだけでは済まなかっただろう。
今考えても背筋がゾクッとする。だが、今はそれどころではない。
「楓くんを止めないと」
その考えが脳内をループする。
林は必ず楓を限界まで追い込むことだろう。限界が来たとき、楓が切れるのか、泣くのか、放心状態になるのかそれはわからない。だが、もし楓が切れたら林はただではすまないだろう。
昨日話しを聞いた、楓は女嫌いの原因の女に捨てられたあと、格闘技を始めてしっかり実績を残した。
その楓がもし切れたら・・・。林に同情はなかった、あのような怖くつらい思いを私にさせた林には、死んでほしい、まで思っている。その時私が思っていたのは楓に悪人になってほしくないとい言うことだった。
校舎裏につくと楓が木に縛り付けられているのが見えた。
「楓くん!」
走りだぞうとする。その私の手を誰かの手ががっしりと掴んで私の動きをストップさせる。
振り向くと、そこには、サラサラと風に髪をなびかせているマッシュの男、夏希がいた。彼は楓くんの親友らしい。
「あーっと、灰原先輩、いきなり出ていくのは危険です。もう少し様子を見て助けられるタイミンでで助けに行きましょう。」
と、夏希が言ったその直後、ブチブチブチと鈍い音がなった。
その音は間違いなく楓の方から聞こえてきていた。夏希と二人でひょこっと壁から頭を出し様子を見る。
次の瞬間私は信じられないようなものを見た。
あの分厚い縄を楓がちぎっている。
私の「うそ」と夏希の「まじかよ」という言葉が同時に放たれる。
あの縄は運動会の綱引きて使われるレベルに固そうで、太かった、それ故にいくら格闘技経験者でも高校生にできていい芸当ではない。
その時私の脳内に一つの考えが横切った。
「楓くん、なぜ目をつぶってるの?」
そう考えた次の瞬間、楓が地面を蹴った。そのまま不良の海に近づくと楓はまたたく間に10数人いた不良を全員地に伏せさせた。
最後に林のところに走っていく…が、なにか違和感がある。明らかに他の不良を殴ったときより、力の入りようが違うのだろうか。
「おいおい!殺す気か?」
夏希も驚いている、が、二人して何もできないのでお互いに向けていた視線を揃って楓に戻す。
するとそこにはいつの間にか閉じていたはずの目を開き、おぞましい顔つきをした楓がいた。
鬼か悪魔が暴力を楽しむような顔には、もはやあの楓の優しい顔は欠片も残っていない…気がする。
「2重人格か何かかよ!」
私が思っていたことを夏季が口に出す、おそらく夏希はどんな人とでも気が合うタイプの人間なのだろう。
楓のパンチに備え、林が顎をガードする。
そのガードの下を狙って楓は林の腹部を殴りつける。
鈍い音がした。
それは言い表すとの難しいような、骨が折れる音と、腹を殴られたときの音と、人の嗚咽と、なにかの唸り声が全て合わさったような音だ。
そして、林が体をきれいなくの字にしながら目の前を通り過ぎ、飛んでいく。大きな音を立てて林が地面に落ちる。さっき林がいた位置は俺たちが隠れている壁から低く見積もっても20メートル程は合ったはずだ。その私達の隠れていた壁の更に後ろに林は殴られた衝撃だけで飛んでいった。考えるだけで寒気がする。
「あ、が………ぐぅ……ガはッ………」
林がそんな声を上げながら倒れている、動けないと言った表情だ。
「あの音、肋どころか内蔵も無事とはいい難いな。」
夏希がもはや冷や汗にしては量が多すぎる冷や汗をかいている。
一瞬の静寂が訪れた。
その間も長くは持たず、再び楓が地面を蹴って林に接近していく。
私は無意識のうちに大声を上げていた。
「やめて楓くん!!あいつ死んじゃうよ!」
恐怖を楓に犯罪者になってほしくないという楓を思う気持ちで上書きして、そう叫ぶ。
しかし、楓は止まらなかった。
隠れていた壁から飛び出した私になど目もくれず、私の前を一直線に通り過ぎていく。
だが、その一瞬で確かに見えた、鬼のようになった楓が涙を流しているのを。
その涙は、切なく、悲しい気配がした。
「楓くん!止まって!大丈夫だから!聞こえてるんでしょ!返事してよ!」
そう叫んだ、再びあの優しい楓が苦しんでいる気配がする、いや、もはや気配ではなく、存在が鬼のような楓の中にはっきりと見えた。
私は無意識のうちに走り出した。
「まて!今の楓に近づくな!最悪死ぬぞ!」
夏希の声が後ろから聞こえる。だが、それも無視して、私は走り続けた。ただまっすぐ楓の元へ。
楓はすでに林の顔面を追加で殴り始めている。
怖い、怖い、怖い!だけど、楓は、今までこんな危険な私にも別け隔てなく接してくれて、それで鬱病にさせられた優しい男の友達は、楓は、もっと怖かったはずだ。これは私が私の過去と決着をつけるときなんだ。
楓を止めたら謝ってもらおう、私に怖い思いをさせたこと、そして、自らを犯罪者にしようとしたことを。
そこで考えるのはやめる。私は楓の後ろに立った。
出会って2日でなぜここまで情が入るのか、それは「楓の優しさから生まれる安心感をまた味わいたい、普通に関われる男の人を失いたくないそして何より、楓となら一生一緒にいたいと思えたから、いなくなってほしくない」という私の身勝手な考えのおかげ。
その気持ちを大事にしよう、と自分の正直な気持ちを心に刻み、
私はそっと後ろから楓を抱いた。