1,学校
次の日、特にいつもと変わりのない月曜の朝。いつものように起きていつものように学校にった。
学校の前の森を通り抜けて、大通りに出る 、そのまま少し進むと校門が見えてくる。
学校はいつもと様子が違った。
複数の視線を感じながら下駄箱を開けるといくつもの悪口の手紙が入っていた。仕方なくその手紙をポケットに突っ込んで、逃げるように教室に向かった。教室のドアを開けるとクラスメイトは皆俺と机の間にに道を開けた。
何があったか聞くが、答える人はいなかった。親友の如月夏希だけが俺に話しかけてくれた。
「お前3年の灰原先輩と結婚するってマジ?」
「え?どういうこと?」
「だからぁ、お前と灰原先輩がお見合いしてるところ目撃して動画取ったやつがいるんだよ」
「はぁ?!」
「それにただお見合いしてるだけじゃなくて、あの灰原先輩を呼び捨てして、あの男嫌いのマドンナ灰原先輩に名前で呼ばれてる男がいるなんて嫉妬の的だろ?それで皆お前を避けてるんだよ」
まさかあの空間を目撃されるとは思ってもいなかった、一体どんな方法を使ったのかはわからないが素直によく見つけたなと褒めてやりたくなってくる。
そんな雑念を必死に振り払うと、俺は夏希に聞く。
「ただ嫉妬してるだけなら別に構わないけどあんだけの容姿持ってるなら、嫉妬して人に危害を加えるような変態混ざっててもおかしくないと思うんだけど…」
「たしかにそれが怖いよな、前例あるし。てゆうか前例しか無いし」
「え?」
前例しか無い?
「お前知らなかったのか、3年の林拓蔵先輩だよ、灰原先輩大好きで灰原先輩と一言だけでも交わした男がいれば脅して、友だちになろうもんなら全員ひどいいじめを受けるらしいぜ。ちなみにいじめを受けたやつはほとんどが鬱病にかかったらしい…」
夏希は明るい性格であるが故に基本そういう話をしないからか、話せば話すほど声が小さくなっていく。
「ひどいなそれ、なんでそんなやばいやつが退学にならないんだ?」
「それがな…。#林圭介__はやしけいすけ__#って知ってるか?」
「うん、たしか、なんか世界的に有名な会社の社長だろ?」
「雑だな。まあ間違ってないけど。んで、その社長の兄貴が林先輩の父親、この学校の理事長だよ。」
「なるほどな、理事長の権力を利用してひでー事やってるって事ね。そんで裁判とかで戦ってもバックについてる弟に助けてもらえると……」
冷静に応答しているようで俺は今焦っている。今の話からすると俺鬱病確定かぁ、やだよ鬱病!
その心の声を感じ取ったかのように夏希が話す。
「ま、一旦は大丈夫だよ、林先輩ここ1ヶ月くらい学校休んでるんだよ」
ホッとしたあとに、平然を装って夏季に話しかける。
「そっか、なら良かった。安心した」
すると夏希が何やら変なことを言い出す。
「んー、昔は全然こんな事感じなかったけどな~、いつからだろ高校入ったくらいか?」
「いや、なにがだよ…」
「やっぱりな、昔のお前なら今俺が思ってること理解できたろ?」
そう言われれば、中学時代は何も言わなくてもお互いの言いたいことが分かるほどに仲が深まっていた記憶がある。言われるまでその関係が崩れていたなんて気が付きもしなかった。
夏希とは生まれた日も場所も一緒で、趣味も一緒その上幼稚園の頃から一回もクラスが離れていなく、それは高校になっても変わらなかった。
「……」
返す言葉がない、完全に洗い出された。もうはるか昔のことになったあの中学卒業直後の春休みのこと。
夏希は昔から俺がなにか悩んでたら、俺のことを拷問してでも(実際に幼稚園の時受けたことがあるが、内容はくすぐり地獄だった)悩みを聞き出して解決しようとしてくれるだろう。もう隠しても無駄だ。
夏希が口を開く。
「今のお前とは腹割って話せないよ。なんつーか、壁があるんだよな」
もしかしたら俺は無意識に壁を作っていたのかもしれない。
中学時代の彼女とのいざこざがあってから俺は人と話すときに、すごく気を使って怯えながら話していた。それが夏希の言う壁なら、一刻も早くその壁を取り除きたいと思う。
「ありがとう夏希自分の中で色々繋がったよ。すぐにできるかは分からないけど、壁は取り除きたいと思ってるよ」
少し恥ずかしかったが、なんとかそういい終える。
「わかってるよそんな事。顔見りゃ分かる」
「便利だな!それ!俺も昔はそんなだったっけな~」
「そんなだったよ、おんなじ部活にいた頃アイコンタクトだけで会話してて先輩たちに驚かれてただろ?」
親友っていいな、一緒にいるだけで楽しいしワクワクするし。何より安心する。
そこで1時間目のチャイムが鳴ったところで俺たちは話すのをやめて授業に向かった。
授業中、昨日のことを考えているといつの間にか2時間目まで時間が過ぎていた。
授業を全く聞いていなかったので後で夏希にノートを見せてもらおうと思って隣を見ると、見事なまでに寝ている。
そのうち授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、夏希はその音で肩をビクッとさせて目をこすりながら体を起こした。
その昔と変わらない目の覚まし方に思わず口元が緩む。
こんな身近なことさえ気づけなくなっていたとは…。高校入学からの2年間は自分で思っている以上に長かったみたいだ。
思考を巡らせていると夏希が声をかけてくる。
「ごめん楓、寝てた、ノート見せて」
「ごめん俺も寝てた」
「うそだろ~、サヨナラ俺の成績!」
なんてバカとアホの会話をしていると、教室のドアが開く。ドアの外に立っていたのは灰原楓花と、その隣りにいるのは昨日話していた親友の咲という人だろう。
「楓くんってここのクラス?」
その質問に答えようとするが、勇気が出ないといった表情で黙っているクラスメイトが多い中、その質問に答えたのはクラスのイケメン男子だった。
「そうです、涼風楓はあそこにいますよ灰原先輩」
そう言いながら前髪を持ち上げるその姿に周りの女子たちが騒がしくなる。が、楓花は「そ」と表情も変えずに言うと、俺の方に歩いてくる。その間にも、沢山の男に話しかけられているがすべて冷たく返して歩いている。
俺の席の前に来ると、ぱっと表情を柔らかくして、話し始めた。
「楓くん、放課後一緒に遊びに行こ」
クラスの全男子から睨まれる。
「え、えと…どこに?」
「ショッピングモール!買い物したいんだ」
テンションが上っている楓花を見るのは初めての経験だった。少し胸が高鳴る。
クラス中の視線に耐えきれなくなったので「うん、いいよ」と答えて、教室から出てもらうと、クラスの男子がいっせいに話しかけてきた。
「すげーなお前!あの灰原先輩と仲良くするなんて!」
「どうやったんだよ!」
「羨ましい~!」
いろんな声が聞こえたが、批判の声は1つもない。このクラスで良かったと、そう思った。
その状況の中イケメン男だけが、自分の席で眉間にシワを寄せ悔しいと言いたげな顔をしていた。
放課後、人で賑わう校門に俺たちは立っていた。
いきなり二人きりは俺のメンタルが持たないので、夏希も一緒に行こうと提案して、それを許してもらえたので、ショッピングモールには俺、楓花、夏希、咲、というメンバーで行くことになった。
しかし、時間になっても楓花と咲は来ない。何かあったのだろうか。
ポケットに入れていたスマホが振動とともに音を出す。それは咲からの電話だった。電話に出る。
「現地集合になった。学校から行くと色々めんどくさいでしょ?」
電話に出るといきなり咲の声がする。
「わかったけどさ、もっと早く言ってくれればよかったのに…」
文句を言うと電話はすぐにきられてしまった。彼女は俺に心を許していないらしい。
「夏希、現地集合だってさ」
「何でこんなに待たせた後に言ってくるんだよ…嫌がらせ?ひどくね?」
「ひどいと思うけどしょーがないんじゃない?」
俺たちはショッピングモールに向かった。
「あー!いたいた!楓くんたちこっち!」
俺たちがショッピングモールにつくと入り口には楓花と咲が立っていた。今俺たちを呼んでいるのは咲だ。
「雰囲気的に嫌がらせではないみたいだな」と夏希がぼそっと言う。
咲たちと合流すると俺たちは歩き出した。楓花と咲が好きなところに行き、俺と夏希はその後ろをついていく。
しばらくしたところで俺はそろそろ夜の7時をまわることに気がついた。俺以外の3人に聞く。
「そろそろ7時だけどいつくらいに帰る?」
「もうそんな時間?全く…男が早くこないから……」
真っ先に口を開いたかと思えば謎の責任転嫁をしたのは咲だ。
「そっちが連絡よこすの遅かったんだよ!」
かなり怒り気味に夏希が答える。
「連絡してからが遅かったじゃない!」
「だからその連絡を早くよこせよ!」
ブーブー言い合いながら夏希と咲はどこに行くでもなくあるき出す。残された俺と楓花は夏希たちを追いかけようとするが、人混みであっという間に見失ってしまった。
いきなり楓花が右足首を抑えてうずくまる。
「大丈夫?楓花」
「うん、ちょっと足首ひねっただけ」
「歩ける?」
「うん、走らなければ大丈夫だと思う」
「一応むこうのソファーに座ってな」
俺は楓花をソファーに座らせると、「飲み物買ってくる」と言って自販機に向かった。
やばい楓花に何買ったらいいかわかんない。聞いとけばよかった。
なんて思いながら、安全策のお茶を購入する。
自販機から帰ってくると楓花の座っているソファーの前に数人の男が立っていた。
知り合いかな、なんて思いながらソファーに戻る。
「おまたせ楓花、お茶にしたけどいい?」
「う、うん、ありがとう楓くん。」
「兄ちゃんこの子の連れ?」
男のうちのひとりが声を上げる。
「はい、そうですけど」
「わりぃなぁ、連れの姉ちゃん借りていいか?」
「えっと、本人がいいなら別に構いませんが。」
「なら大丈夫だわ!この姉ちゃん自分の口で一緒に行きますって言ってたもんな」
「そうですか…」
楓花の方を見るが暗い顔をして黙っている。
「だろ?姉ちゃん」
男が楓花の手を掴んだ、楓花の手は震えている。
「……」
「返事してくれよー姉ちゃん」
男が力を強める。
ミシ
その音は楓花からではなく男から発せられていた。俺が思いっきり男の腕を掴んだのが原因だった。
「い、いでぇ!何すんだよ兄ちゃん!この姉ちゃんは自分の意思でついて来るって言ったんだ!てめぇに助ける理由なんてねぇだろ!」
「助ける理由?俺は助けてるわけじゃないですよ、たった1人の高校生の女の子を痛めつけてる大人が見るに絶えなかっただけです。」
俺は手に込める力を強める。
「ぐ、ぐぁ、て、めぇ!!」
男は掴まれていない方の手で拳を振り上げ力いっぱい殴りかかってきた。
俺は頭を振ってパンチを避けると同時に右拳を突き上げた。
「が、はぁ、」という声とともに男が数歩後ずさる。
「さよならだ、ナンパ野郎共」
そう言って男達に厳しい視線を送ると、男達は「ちっ」や「クソが」などの捨て台詞を捨てて消えていった。恥ずかしい。何なんだナンパ野郎どもって…違ったらどうすんだよ。そもそもカッコつけ過ぎだし。ああああああ。
「楓くん、なんで……」楓花が口を開く。
「さっきも言ったよ、1人の高校生の女の子を痛めつけてる大人が見るに絶えなかっただけだよ。」
不意に楓花が胸に手を置く。
しばらく沈黙が続いた後、楓花は言った。
「うん、ありがとね楓くん」
その後すぐに咲と夏希がギャーギャー騒ぎながら戻ってきて、それぞれの家に帰った。
帰ってLINEを確認すると、咲からメッセージが来ていた。
「楓花を助けてくれたお礼、ありがとう」
その言葉と一緒に1枚の画像が送られていた。
その画像には楽しそうに笑いながらピースをしている楓花の写真だった。しばらくずっと、その写真を眺めていた。
如月夏希=きさらぎなつき