0、お見合い
「暑い」
思わずそんな声が出てしまいそうになる。外の気温は37℃と真夏日と言ってもいい暑さだ。
今日俺はお見合いをする。今は相手が来るまでの待ち時間だ。俺はお見合いの会場である和風の建物の1部屋にいる。机、本棚、などの家具が置かれている、いい雰囲気の和室、そこで俺はお見合いの相手を待っていた。
あまり待つのは得意では無い。緊張するし、することがないし、何より削った方がいい時間だ。それなのに、親は30分前には会場にいろと言って聞かないので、俺は今人生で最も意味の無い30分間を過ごしている。
それに、俺はまだ高校生。お見合いなんてする歳じゃない。
俺が黙って虚空を見つめながら思考も巡らせていると父親が声をかけてきた。
「楓、そろそろだ準備をしなさい」
「父さん、やっぱりやだよ、お見合いなんてしたくない」
「お前のためなんだ、嫌ならこれから先、女性と全く関わらずに生きていくのか?」
俺はあの日を境に極度の女性嫌いになっていた。これから一生女性と関わらないというのは、日本の男女の人口比率から考えて、引きこもりでもしない限り不可能と言える。
「わかったから、相手の情報ちょうだいよ」
苦し紛れにそう言うと、親から紙を受け取りざっと目を通しながら考える。
あの日からもう2年経つのに、女嫌いって治んないもんだよな。
それ以上のことは考えずに思考を再び相手の情報に移す。
「えーっと、相手の名前は灰原楓花、男嫌い、か。他は見なくてもいいかな。」
名前と男嫌いなことだけ確認したが、それ以上読む気になれなかったので、紙を机に放り出した。数分ったところで父親が声をかけてくる。
「準備は終わったか?」
服に着いたゴミがないか確認する以外に準備することが見当たらなかったので、それを実行した後言う。
「できたよ」
そう言うと父親は使用人を呼んぶ、その使用人に連れられ、俺はお見合いの会場に向かった。
会場につくとそこにはもう人がいた。
「あなたは…」
そこまで言ってから今の状況を理解した。待たせてしまっていたようだ。
「待たせてしまってすいません灰原楓花さん」
そこには、黒い髪でロングヘアーの女性が座っていた。
その女性、灰原が口を開く。
「いえ、私も来てから時間はたっていないので、気にしなくて大丈夫ですよ涼風楓くん」
少しほほえみながら話すその顔は薄い肌色で、頬は少し赤みがかっている。唇の色はピンクと赤の中間、そして何より美しい二重とそのまぶたから生える長いまつ毛。いわゆる美人、いや、もはや妖精かエルフかなのだろう。
でも、相手が美人でも俺の女性嫌いはなくなるものではない。女性と向かい合うとどうしても、腹の底からマグマのようなものがこみ上げてき来る。
今この瞬間、俺はその状態になっていた。あまりの不快感に思わず険しい顔をしてしまいそうになるが、なんとかそれを抑え込みながら笑顔を作る。
「そうですか、それならよかったです」
少し冷たい気もするが今は言葉を返すのが精一杯だ。
「えっと、楓くんでいいですか?」
彼女が聞いているのは俺の呼び方だろうか。
「はい、好きなように呼んでもらって構いません」
「そうですか、じゃあ楓くんって呼びます」
俺が彼女の前に行って座ると、使用人は出ていった。
先に口を開いたのは彼女だった。
「楓くんは私のことなんて呼んでくれるんですか?」
優しい表情と声のトーンでほほえみながら聞いてくるその表情は少しワクワクしているようにも見える。
「えっと、じゃあ楓花さんでいいですか?」
恐る恐るそう聞く。
「うん、いいよ」
今度は俺が聞く。
「あ、敬語はもう外しちゃていいですか?」
この不快感を我慢しながら敬語を使うのはなんだか疲れる。
「いいよ、私から外してたし」
「ありがと、ところで平気なの?」
「え?何が?」
「男嫌いって聞いてたからさ、少し心配で」
今楓花さんが俺と同じ心境を味わっているなら罪悪感がある。
「私は大丈夫、楓くんこそ女嫌いでしょ、大丈夫なの?」
「なんでだろう、楓花さんと話してると少しいつもの症状より楽なんだ、これなら全然耐えられる」
「楓くんも?私もいつもみたいにならなくて助かってるんだ」
「どういう加減なんだろうな」
「ふふ、楓くんって趣味とかある?」
いきなりお見合いで話すような話題を振られて慌ててしまうが、何とか答える(今しているのは他のなんでも無いお見合いなのだが…)。
「えっと、絵を書いたりすることとか小説を読んだり書いたりするとか音楽を聴くとかだよ」
「すごいね、小説家とかイラストレーターとかになりそう」
「うん。でも仕事は他に探すよ、儲かるのが難しそうだからさ小説家とかイラストレーターとかって」
「そうかな、楓くんならちゃんと稼いでくれそうな気がするよ」
「な、何を根拠に…?」
「んー、なんとなく」
「俺もなんとなく楓花さんは将来すごい人になってる気がするよ」
「え~?適当すぎない?」
「お互い様だよ楓花さん」
笑いながらそう答えると楓花さんが言った。
「うーん、やっぱり、さん、って嫌、他のがいい」
「他のって言っても俺はこの呼び方の他に、ちゃんか呼び捨てくらいしか知らないよ」
「じゃあ呼び捨てにして。それが一番しっくり来る」
「わかったよ、じゃあこれからは、ふ、楓花って呼ぶよ」
名前を呼ぶところで少し照れてしまう、久しぶりに女性と話してこれは刺激が強すぎる。
「ふふっ、うぶだね~楓くんは」
「う、うっせ」
恥ずかしくてその言葉しか出なかった。
その後にもずっとふたりで喋り込んでいた楓花さんとは話が合った、そのおかげかは知らないがいつの間にか腹の底のマグマは消えていた。
なにより母親以外の女性と普通に話せるのは久しぶりで、とても嬉しかった。
暗くなってきたところで使用人が、今の時間を告げたことでお見合いは終了してその日はそれで家に帰る事になったので、少し名残惜しっかったけど駅まで送ってその後自分も家に帰った。
家では親が心配してくれていたようで、帰ってくるなり質問の嵐で少し困った。
部屋に行ってから、少し横になるつもりでベッドに倒れ込んだ。だが、予想以上に疲れていたらしく、そのまま次の日まで寝てしまった。
……俺は知らなかったんだ、今日のお見合いが原因であの事件に繋がってしまうことを。
涼風楓=すずかぜかえで
灰原楓花=はいばらふうか
これが読み方です。ルビのやり方が分からなかったのでここに読み方を一応つけときます。