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「練習場、外じゃないんだな……」
「うん!魔法職の攻撃が逸れて当たったら大変だし、長物も使えるよう天井も広いんだー!」
なるほど。駆け出しの魔法職の火魔法とか、あらぬ方向に飛ぶようなことがあれば大惨事だ。
「それにしても広いな……地上部がすっぽり入るんじゃないか?」
「スタンピードの時の緊急避難場所も兼ねてるの。冒険者が壊す度に広まって、魔改造されてるのもあるけどね。ダンジョンの深層くらいに強固なのを誇るギルドもあるくらい、ここの頑丈さはギルドのステイタスなんだよー」
ダンジョンまであるのか、この世界。
スタンピードって遊んでたゲームでは知らなかった現象だが、軽い読物なんかだとどこかしらか異常発生した魔物がなだれ込んでくるイベントだったか……日本の自然災害の復興でもかなりかかるのに、そんな地上部が木っ端微塵似なりそうな災害まであるとか大変だな異世界。
自分も今日からここで生きていくしかなさそうなのだが、最後の抵抗と言わんばかりに他人事な感想しか出てこない中、カタカタとデッキケースから震度が伝わる。
パチリとボタンを外してやると、デッキが飛び出してきた。
こちら側に絵柄を見せているのは剣のⅡ
「そういえば……初めの挨拶が途中だったな?」
こくこくと頷くように剣のⅡが傾いた。
「すまない。少しかかるが 、カードとの対話を先に終了させてもいいだろうか?」
クリュに向き直ると、目をきらきらさせてデッキを見ていた。
「わぁ!なにこれ?!勇者様の能力!?」
はしゃいで子供のように近づいてくるクリュに、デッキが慌てたように僕の背後へと隠れていく。……一応、僕の武器(?)なのに僕に隠れるのか。まぁ、いいんだけど……。
やはりこのタロットデッキ、他人に触れられるのは嫌らしい。……思いっきり浮上の塊のような魔物刺殺してたけど、大丈夫なんだろうか?質問項目に後で追加してみよう。
「隠れちゃった……妖精でも宿ってるのかな?」
「さぁ?付喪神じみていて可愛いけど、今日初めて会ったばかりで挨拶もまだだから分からないな。」
「ツクモガミ……?」
「隣人さんはいるのに通じないのか……」
うーん、世界観ギャップ。妖怪ととるのか神様ととるのか、そもそも妖怪の概念はあるのか……説明が難しい。
「勇者様の世界の魔物?」
「まぁ、多分近いものだ。」
背中から講義するようにデッキの体当たりによる軽い衝撃がボスボスと来ている。お前には伝わるのか。そして、魔物扱いは不服なのか……。
「……不当に扱われた物は人を呪う呪物となり、大切に扱われたものは時に人を守る御守りとなる。悪い面もいい面も持ち合わせた存在で、神とされたり他のものとみなされたりする分別の難しい存在だ。」
説明を付け加えると、満足したのかデッキからの抗議の体当たりが止んだ。
「妖精みたいだねー。あれも精霊、妖精、魔物の区分が諸説あるもん。私たち冒険者は無害で可愛いなら妖精、美しく強いものは精霊、悪い討伐対象は魔物って感覚だけど!」
そういえば元の世界もゴブリンと言えば魔物の代表だが、オカルト分類的には妖精に当たることもある。曖昧なものと言うのはどこの世界にもいるものらしい。
「で、りーりんぐ?なんかするの?勇者様?」
クリュの言葉を聞いたのか、リーディングの気配を察知したデッキが眼前に戻ってきた。使ってもらえる気配に敏感というか、現金だなお前。
「ああ、端的に言うなら自己紹介の時間だ。」
「武器に自己紹介!!勇者様のそれ、ちょっと使い魔みたいだもんねー!」
納得されたらしい。…この世界の使い魔って何を従えるのか激しく気になるが、あまり脱線してデッキを待たせるのも悪いので、後でその辺は触れていこう。
「君とはどう付き合えばいい?」
山札から2枚目のカードがオープン状態になる。
「死神の正位置?」
呼ぶと、右手にぺたりとくっついたあと、光の粒子に変わり、大鎌の形へと伸びていく。柄を両手で包み込むと光が散って、手中には大鎌が具現化した。
「おお!なんかアニメみたいでカッコイイな!」
ただし、使用者がこれなので全くきまらない。バトンみたいに回せる自身もないし、下手にふざけてポージングしようものなら怪我しそうだ。
「わあ!勇者様すごい!上着はボロボロになったけど、武器は強そう!」
「え?」
鎌に意識をすっかり持ってかれていたが、服装も死神じみたローブへと変わっていた。かといって、大布による動きづらさは軽さのせいか、素材のせいか、さほど不思議と感じない。
ーーいや、変身するとか魔法少女かよ。
服装の変化は剣のⅡでは起きなかったが、これは枚数が多い小アルカナと、枚数が少ない代わりに意味合いの強い大アルカナの違いだろうか…?
運命の輪とかどんな衣装にされるんだ?これ?
「それ切れるのかな?ちょっとまってて!的用の藁人形持ってくるから!」
疑問の海に沈む僕を放置して、あっというまにクリュがビジュアルは呪いの藁人形でしかないカカシを持ってきた。
…死神がこれ切って大丈夫なんだろうか?
心の平穏のため、ローブの端っこを鋭利そうな大鎌でつついてみるが、見た目に反して丈夫らしく、切れてないどころか穴も空いてないことを確認した。…うん、とりあえず覆われてる部分なら防護されて怪我もしなさそうだ。
「せい!や!とう!」
しかし、いざ攻撃を当ててみようとするもむずかしい。動かないか貸し相手に振りかぶって下ろしてみたり、横にないでみるものこ、下手すぎて柄で殴ってしまってる。
「距離感が難しいな…」
勇者としてこれ幻滅物の光景なんじゃないか…と、クリュの方を見てみれば、何故かいたく感動されていた。
「おおー…勇者様、すごく初心者ってかんじ!」
「感じも何も、初心者だ」
まぁ、少女1人の夢をぶち壊してないならよしとしよう…うん…。
困って、バテて、担いだまましゃがんだ時だった。
「へ?」
ぐんっと体が引っ張られ、勝手に体は鎌を持ち直し、藁人形の首を華麗に狩りとった。
この感覚、例えるなら電動自転車のアシストが急に入って勝手に進まれるのに感覚がすごい似ている。
「わぁ!何今の!見蕩れるくらいに綺麗な熟練者の動きとタメだったよ?!」
首を借りとる前の一瞬のタメ…バスケット選手がシュートする前の時を停めたかのように綺麗に動きを止める瞬間にちかいそれは、異世界でも人を魅了する熟練者の動きのようだ。
「なんだ、今の…?」
あまりに下手すぎて死神のカードが助けてくれたのだろうか?それとも、自転車のペダルをふむように、モーションに入るスイッチか動作などの条件でもあるのだろうか?
ヒント…ヒントが欲しい…
「お前たち、説明書とかないのか…?」
離れたところで観戦するようにクリュの隣に空中で佇んでるデッキにはなしかけると、オープン状態の剣のⅡがイヤイヤするように半回転した。無いらしい。
チカチカと大鎌の刃が光ると、そこから光が射出される。それに手を伸ばせば、光が納まって…
「…ポケットマニュアル?」
見慣れた、新しいデッキを買うと着いてくる小冊子に変化していた。内容も、どうやらカード1枚1枚の代表的な意味といくつかの展開方法だけで、向こうの世界にあるものと何ら変わらない。
「そうだけど、そうじゃない…」
愕然とする僕の手から、ポケットマニュアルは光に戻り、鎌の中へと帰って行った。
ちなみにステータス画面の開き方がわからないし、ない世界なのに開こうとして何も無かったらクリュの手前恥ずかしすぎるのでまだ試してない主人公