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深夜の訪問者

作者: 柏餅

 あれは、私がまだ中学生のころだった。

 眠りに落ちる前のほんのひととき、ヘッドホンでラジオ放送を聴くのが私の密かな日課だった。

 住んでいた場所のせいか深夜になると外国の放送と混線してしまい、始めのうちは酷く驚いたものだったが、そのうちにそういうものだと慣れてしまってもいた。


 蒸し暑い夏の夜だった。

 私は部屋の明かりを消して窓を開けると、蛙の鳴き声を遮るようにヘッドホンを着けた。耳になじみのある音楽に耳を傾けながらベッドにもたれてぼーっとしていると、突然のノイズ。

 ああ、いつものあれかとダメもとでチャンネルをいじろうとラジオに手を伸ばすと、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。もしや音が漏れていてうるさいと親に文句を言われるのだろうかとヘッドホンを外したが、音が漏れている様子はない。ならばトイレに起きた際に私の夜更かしに気が付いたのだろうかと身構えかけて、部屋の明かりを消していたことを思い出す。私がまだ起きていることに、眠っているはずの両親が気付くことはないのだ。

 ならば何か用でもあるのかと扉に向き直るが、再度ノックされることもドアが開くこともなかった。

 そもそもうちの親はノックをしたとしても返事を待たずにドアを開けるタイプだ。きっと気のせいだろうと、その日はそのまま眠ることにした。


 翌日の深夜。

 私は部屋の明かりをつけて雑誌を読みながらラジオを聴いていた。

 突然ザッとノイズが入り、コンコン、とノックの音がする。私はドアを開けて親が入ってくるだろうと思い、めんどくさく感じながらも雑誌から顔を上げた。

 だがドアが開くことはなく再び、コンコン、とノックの音。

 私はなんだか気味が悪くなり、その日は明かりをつけたまま眠った。


 翌朝、私は両親に問い詰めた。

「昨日、夜中に私の部屋に来なかった?」

「寝てたわよ」

「でも部屋のドア叩いたでしょ!」

「寝ぼけてたんだろ」

 夜更かしを咎められることを避けたかった私は、そのまま気のせいだったことにしてしまった。


 しかしその夜。

 コンコン。

 ベッドで横になってラジオを聴いていると例のノックの音。

 コンコン。

 明かりを消した真っ暗な部屋にノックの音が異様に大きく鳴る。

 その時私は気が付いてしまった。廊下に明かりがついていないことに。

 親戚の爺さんが夜中にトイレに起きて躓いて転倒し骨折してからというもの、うちの親は必ず廊下の明かりをつけるようにしている。だから、私に用があったとしても廊下の明かりをつけずにここに来るはずがない。

『あそこにいるのはうちの親ではないのかもしれない』唐突にそんな考えが浮かんだ私は、怖くなって布団をかぶるとぎゅっと目を閉じた。


 次の日の朝、私は一縷の望みをかけて親を問い詰めた。

「昨日も夜中に私の部屋に来たでしょ!」

「寝てたわよ」

「夜中にドア、ノックするのやめてよ」

「寝ぼけてたんだろ」

「起きてたよ!」

「早く寝ろ」

 結局、夜更かしを咎められただけだった。


 その夜、静かな部屋にいることが怖かった私は、ヘッドホンでラジオを聴いていた。

 コンコン。

 ノイズに紛れてノックの音がする。

 コンコン。

 ドアの隙間から廊下の明かりがついていないことを確認する。

 コンコン。

 コンコン。

 コンコン。

 ヘッドホンを外して身を固くする。息をつめてドアを見つめる。が、ノックの音は聞こえない。

 詰めていた息を吐きだすと、外したヘッドホンが目に入った。

 そして私は思い至ったのだ。ノックの音がするのはラジオを聴いている時だけ。しかも混線している時間帯だ。つまり、この音はラジオからしていたのだ。

 私は混線したラジオのノイズに怯えていたのだった。馬鹿馬鹿しくなった私は早めに切り上げて眠ったのだった。


「あんた夜中に何してんの?」

「ラジオ聴いてるけど、そこまで遅くないよ」

「あんな時間に騒いでないで、早く寝なさいよ」

「騒いでないけど?」

「あんたこの前夜中にノックされたっていってたでしょ?トイレに起きたらあんたの部屋の戸叩く音聞こえたわよ」

「え?」

「変なことしてないで早く寝なさい」

「私が自分の部屋ノックするわけないでしょ!」

 次の日の夜、母に夜更かしを咎められた私は嫌な汗がにじんでくるのを止めることができなかった。

『違う、あれはラジオの混線のせいで、だから、母さんに聞こえるはずなくて……』

 きっと、怖がりの私をからかったのだと自分に言い聞かせた。そうでなかったら、あれはいったい何だというのだろう。


 さすがに眠れなかった私は明るい部屋でひとり、身じろぎもせずにじっとしていた。

 夜中を過ぎても何の物音もしない。ドアの向こうに人の気配だってしない。

 当然だ、あれは母の冗談で、ラジオをつけていないのだからノイズが聞こえるはずもない。

 だから、ラジオをつけたらあの音がするはずだ。

 私はいつものようにラジオの電源を入れてヘッドホンを着ける。

 軽快な曲の途中でザッザッとノイズが入る。

 外国の言葉で何か話している。

 そして……

 コンコン。

 何かを叩く音がする。

 コンコン。

 部屋のドアを叩く音がする。

 コンコン。

 コンコン。

 ヘッドホンを外す。音は聞こえない。


 もう一度ヘッドホンを着ける。

 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん

 っ!

 名前を呼ばれた。

 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん

 どっと汗が噴き出した。

 どうしてラジオから私を呼ぶ声がするの?

 慌てて私はヘッドホンを外した。


 ラジオの電源を落として、ほうっとため息をつく。

 コンコン。

 ドアをノックされた。

 コンコン。

 廊下に明かりはついてない。

 ──ちゃん

 これは母の声じゃない!

 コンコン。

 ダメだ。

 コンコン。

 声を出したらダメだ。

 ──ちゃん

 返事をしたらダメだ。


 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん

 私はただ震えてじっとしているしかできない。


 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん

 私を呼ぶ声は続いてる。


 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん


 コンコン。

 コンコン。

 ──ちゃん

 ──ちゃん

 ──ちゃん


 


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