因幡の白兎2
追い出すついでに縄実を押し付けられ、叩き出された真周人は、まる30日かけて奴の地、加賀へ行き、其処を治めていた辺津比古に会う。
三島の神官だった真礼日子は、根の国のこれからを考え、息子の辺津比古を奴国の比売命、市杵島姫と田霧姫の入彦にした。
宗方三女神として知られるこの名は、奴の国は代々(だいだい)祭祀をする姫にその名をつけ、三島からは1人多岐都姫と呼ばれる巫女を呼び、加賀を治めていたが、のちの世に筑紫に移動する。
祭祀をする女王を奴国は比売命、根の国は比売命と呼ぶ。
入彦とは、姫が王になり、夫が補佐をする形式で国を治めさせると云うもの。
この度は田霧姫を正妻に、
市杵島姫を側室に立て、
それぞれ田霧姫を奥津日女、
市杵島姫を辺津比咩と名を改めた。
真周人は、秀真に寄った事は隠しつつ縄実を引き取ったと言い、
「戻る場所もないので此処で暮らしたい」
と言った。辺津比古は
「なぜ縄実がいるのか」
と秀真との繋がりを疑い、「それはどうかな」と他の地では暮らせないと知りつつも、それを認める事を悩んだ。
妻の辺津比咩は不憫に思い、
「そんな事を言ったら可哀想でしょう。なればこうしたらどうでしょう」と辺津比古に耳打ちした。
「あの子に会わせてみては如何?秀真と縁が切れてるかも試せますわ」
辺津比古は「それが良いか」と頷き、
真周人を奴の地、加賀で暮らす事を許した。
まだ疑いが取れないまま、辺津比古は弥真登に使いを出した。
「箸を持たずに妻だけ連れて加賀に来た元王子が居る」と。
そして辺津比古は真周人を試す為、因幡から秀真の巫女が来ている事を知らせ、「話を聞いてやってくれ」と言った。
一方、秀真の巫女だった兎は加賀から出ない事を条件に自由に暮らしていたが、真周人が訪ねて来た時にこう聞いた。
「三穂津彦と云う根の国の王子を知ってますか?」
「まぁな」
真周人は、なんなんだこの女…と思いながらも一言だけ答えた。
さらに兎はこう聞いた。
「三穂津彦様に連絡は取れますか?」
「……取ろうと思えば」
兎はついにこんな事を言い出した。
「どうか三穂津彦様に伝えてくださいませんか。八上姫様はどうなったのかと。三島の王子様とご結婚なさったのでしょうか。真周比古様とは添い遂げられないと仰ってましたから、秦の王子様からも狗奴の王子様からも求婚されておりましたし、心配でならないのです。
三島の王子でも三穂津彦様が貰ってくださったなら、と仰ってましたし」
真周人は膝の上で拳を握りしめブルブルと震えながら聞いていた。根の国から逃れて来たとは言ったが王子だったとは言わず、名も名乗らなかった。
「お前がしでかした事だったのか!!」
聞きたくもない名を連呼され、さらに衝撃の事実を知ってしまった真周人は烈火の如く怒り、兎の胸元を掴み上げ、着ていた衣を引きちぎり、破り捨てた。
丸裸にされ床に投げ捨てられた兎は、何故この男が怒っているのかすらわからず、ただ恐怖に怯えていた。
「お前のせいでどんな目に遭ったと思ってるか。そのせいで私はな、王子ではなくなったんだぞ!」
そして破り捨てた服をさらに細く引きちぎりながら抵抗する兎の口と手を縛り、こう言った。
「お前をな、殺すには惜しい。だから死ぬ気で覚悟しろ。死ぬより辛い攻め苦を受けろ」
そのまま馬乗りになって殴りながら獣のように乱暴を働いた。そして兎の胸についた謎の痕を見て真周人はこう聞いた。
「これは何だ」
兎は縛られた口を外され、震えながらこう答えた。
「辺津比古様が昨日通って参りました」
「なればお前は辺津比古の女か」
「……たまに通って来られるのです」
「ははっ…なればお前はもはや巫女ではないな。ただの遊び女だ」
そして真周人は兎を外に引きずり出し、外に待たせていた従者の前に放り出した。
「好きにせい」
とだけ言って供を1人だけ連れ、真周人は家に戻り服を着替えて戻った。
そして真周人は竹を割って繋いだ板に兎の手足を縛り、そのまま馬で引きずりながら加賀を出て、兎が居た元の因幡まで三日三晩引き回し、浜に捨てた。
辺津比古は真周人が秀真の回し者ではない事を知り、三穂津彦に使いを出した。
「真周人が秀真の巫女に狼藉を働いた。因幡に戻して浜に捨てたようだ。迎えに行ってくれ」
周防にいた三穂津彦は直ぐに支度をし、兎を迎えに行った。
美保の浜で日に晒されて真っ赤に焼け爛れ、死んだように転がっていた兎を見つけ、群がっていた与太者を押し分けて助け出し、先ずは八上姫の家まで連れて行った。
名を富地古、そして道主貴と名乗っていた八上姫の母が出迎えてくれた。
「珍しいお客さまだこと」
道主貴は驚いた様子だった。
「もうおいでにならないかと思ってましたわ」
三穂津彦は「それはひどいな」
と言いながら笑った。
「この女性を根の国で住まわせたいのだが、母君に面倒を見て貰えないかと思ってな」
「2人で暮らさないの?」
「まぁ…来年な。まだ会って間もないんだ」
道主貴は絶対勘違いしている…だが訂正するのもおかしな話だと思い、三穂津彦は話を合わせて誤魔化す事にした。
道主貴は優しく微笑みながら答えた。
「根の国のこれからの事を考えた上での事なら、反対はしませんよ」
三穂津彦は「もうこれからは決まっている」と答えた。
そして兎と話しをして、三穂津彦は根の国の周防にある自分の家に連れて行き、「自分は他にも家があるから」と蒲郡の穂で葺いた家を与え、羽二重の着物を与えた。
そして兎はその恩を忘れず、三穂津彦に終生仕えると誓った。
そして、その一件で泄謨觚は三穂津彦を見直し、須世理姫を美濃から呼び戻し、嫁がせる事にした。
だがその前に誓の儀式があった。
誓とは先ず「私は◯◯をする」等、結果を口にし、試練を受ける。試練の内容は相手に任せる。無事乗り越えられれば口にした結果を手に入れる事ができるが、失敗すると罰を受けなければならない。今回の場合は、失敗すれば武奈貴の子ではなくなり、秀真に帰されなければならなかった。
そして儀式が始まった。
先ず泄謨觚は三穂津彦に秀真の血を捨てる誓いを立てさせ、蛇や蜂や百足のいる「蠱毒の部屋」と呼ばれる部屋に閉じ込める。
蛇道と云う細い道を作らせ、通り抜けられれば勝ちとする、と言われ、
「試す時が来た」
と三穂津彦は承諾した。
須世理姫は、虫に刺されないようにと次のものを渡した。
赤土と木の実で作った虫除けの薬草に浸した服、光を照らす松明、虫を殺す矛。それらを与え、無事を祈った。
三穂津彦は見事切り抜け、須世理姫を勝利の証として娶った。
そして三穂津彦は泄謨觚に
「名を改め大穴牟遅と名乗り、美保の地を治めよ」
と言われ、根の国の美保へ行き、其処で須世理姫と暮らした。