因幡の白兎1
三穂津彦が根の国を出たあと、即座に松浦比売の元に文が来た。
相手は武奈貴の正妻、御梶日女からであった。内容はこういったものであった。
「息子の真周比古が因幡の八上姫に妻問いをしたが断られた。なんとか姫を根の国まで連れて来て欲しい」
そんな経緯もあり、先ずは周防へ行くのをやめて因幡へ行くと其処で秀真の巫女に出会う。その巫女は名を兎と云い、敵地をまわり諜報活動をする使命があった。
彼女はアルビノで白人とも云われていた。
白人は秀真では神の化身。何故彼女が因幡へ飛ばされたかは、訳があった。
それは秀真で他の巫女と勝負をし、男たちから衣を送らせその枚数を競っていたが、負けた上に全てが明るみになり、しかも衣を送らせていた男の中に秦の王子がいた事で大事になってしまった。そして兎は、三島の地を調べて報告するまで追放されてしまったのだ。
そして隠岐に辿り着き、小舟で因幡の海岸まで来た。だが白人はとても目立つので諜報などどだい無理な話だった。
そして兎は言った。
「秀真には王仁と云う百済から来た王がいます。2人の巫女を側室にしていました。その片方が私でした。王仁は胸に跡をつける癖があり、その数で私達は寵愛を競っていました。そしてもう1人の巫女が鄙の場所に住む1人の女子を連れて来ました。そうしたら王仁はもう2人は飽きたと仰せになり私たちは捨てられたのです。」
鄙とは現代では田舎の意味であるが当時は近代で云うスラム街の事であった。女子は狗奴の国から来た女子で真名、つまり本名を持たなかった。
そんな境遇の女子に気位の高い巫女2人が負けたとは到底認められるものではなかった。
三穂津彦はこう聞いた。
「秦の王は鳥船と羽々斬ではなかったか?」
兎は「其れは秦の王です。王仁は根の国の王となる者、と言い熊襲が連れてきた百済の王族の1人。秦の王は根の国の地を奪えばそこを治めさせるとの仰せです」
三穂津彦はそれを聞き、「必要な情報を聞かせて貰った」と礼を言った。
三穂津彦は兎に三島の地を歩かせないように奴の地、加賀へ連れて行き、その地に封じた。兎は加賀で三穂津彦に礼を言った。
「これで秀真に帰れなくとも無事に過ごす事ができます。ありがとうございます」
そしてこう続けた。
「因幡に八上姫と云う姫がいます。弟君が狙っているのですが他には敵国の王子にも求婚されていて、姫は婿を取りたくないと嘆いています。助けてあげてください」
三穂津彦は因幡へ戻り、八上姫に会う事となった。八上姫は三穂津彦に会うなりこう言った。
「弟君の真周比古殿に求婚されておりますが、でも私は妻にはなりとうございません。どうか三穂津彦様、私を貰ってくださいませんか?」
三穂津彦は少し困ったが、無理矢理真周比古に嫁がせる訳にもいかない、と思いこう聞いた。
「では根の国へ共に参りましょう。そこで私が弟と話をします。その前に何故弟が嫌なのか教えてはくれませんか?」
「真周比古殿には既に正妻がおります。私は側室は嫌なのでございます」
「それならば仕方あるまい」
三穂津彦はそう答え、自分の妻として根の国へ伴った。
そして三穂津彦は根の国で「妻の八上姫を連れて参った」と申し立て、御梶日女の元で待たせていた武奈貴に面会した。
武奈貴は烈火の如く怒り、三穂津彦を「秀真に戻す」とお叱りになった。
そこで三穂津彦は八上姫が何故、真周比古を拒んでいたかを説明し、自分を秀真に戻せば戦になるだろう事も伝えた。
そして真周比古は妻を三穂津彦に盗られた事を恨み、その晩のうちに刺し殺そうとした。
そして次の日、三穂津彦が起きると、そばで真周比古が泣いているのを見た。
「なぜ泣くのだ、弟よ」
と聞くと真周比古はただ泣くばかり。ふと隣を見て、そして全てを悟った。
隣で寝ていたはずの八上姫は、無惨にも何箇所も刺され、血だらけで死んでいた。
兄と間違え八上姫を刺し殺してしまった真周比古は父に三島の日嗣の証、「比古」の字を剥奪され真周人となり、根の国を追放される事となった。
根の国を追放され、船で秀真へ向かった真周人は天鳥船に直談判をしに行った。
「三穂津彦を秀真に戻したい、何故あんな者を寄越したのだ」
そう問いただすと天鳥船は先ずこう言った。
「根の国の王子がわざわざこんな所まで来て何を言うかと思えば。三穂津彦は奴婢との子。下賤の出ではないか。秀真ではもう引き取り手がない。」
「そうしたら姉の縄実のように奴婢として引き取れ。もう根の国はメチャクチャだ。それに武奈貴は私を日嗣御子から外したのだ。どうしてくれるのだ。」
真周人は切羽詰まった状態でこう訴えたが、天鳥船はフン、と鼻をならし、小馬鹿にした態度でこう言った。
「根の国は元々蛮族ではないか。似た者同士で仲良くやれよ。それにな。確かに縄実は奴婢として此処におる。だが秀真にも居場所はないのでな。ちょうど良い、縄実をくれてやる。何処なりと行けば良い。」