狭間図書館の誘い ―夢幻の泡影―
【注意事項】
・ホラーなので、R15指定。
・活動報告の第五筆に、注意事項を掲載。
──ガタンゴトン、ガタンゴトン
今日は疲れたな。眠くて仕方ないや。
今、どの辺りだろ? まだ、着いてないはずだけれど……?
ひょっとして、眠っちゃったかな?
『次は、きさらぎ~。きさらぎ~』
……ん。今何か、聞こえたような?
駄目、瞼が上がらない。
………………。
………………。………………。
………………。………………。………………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お客様? 風邪をひきますよ、お客様?」
誰かに、肩を揺すられる。耳元で、囁かれる。
お願い、もうちょっと……。あと、五分だけ。
「…………あれ? ここ、何処?」
「お目覚めになりましたか、お客様?」
朧げな意識で、周囲を見回す。
広がるのは、無数の書架。目の前には、司書風の女性。
様子を見て、一言。まるで、図書館のようだと思った。
しかも、普通の図書館ではない。レトロ趣味の図書館だ。
古書堂とか、大正建築とか。大体、そんな感じである。
「あの……。ここは、どこですか?」
私は、電車に乗っていたはず。それは、ついさっきの話。
でも此処は、どう見ても図書館だ。駅のホームでは、断じてない。
心は夢に、体は現に。
私はまだ、夢を見ているのだろうか?
「私、電車に乗ってたはずなんです。でもここは、電車ではなくて……」
「ふふっ……。夢でも見たのでは、御座いませんか?」
……夢? あぁ、そっか。ここ、夢の中なんだぁ。そうだよね、夢だよねぇ。
だって、いたんだもの。さっきまで、いたんだもの。電車の中に。
それなのに、目覚めたら別の場所。
気が付けば、本の中。
見渡す限り、本の中。
あれ? こっちが、夢なの? それとも、あっちが夢なの?
こっちが、夢?
あっちが、夢?
分からない……、分からない……。
「夢……。どっちが、夢?」
「そのようなこと……どうでも良いことでは、ありませぬか?」
そうなのかな……? どうでも良いのかな……?
「えぇ……、そうですとも。どうでも良いことです。本を読むことに比べれば」
本……。此処が夢なら、好きなだけ読める?
起きるまで、読み続けられる?
「夢は一瞬……、夢は永遠……。此処が夢なら、それが望み。貴女の願望」
私の願い……。私の望み……。私の願望……。
煩いのはイヤ……。急ぐのはイヤ……。
ゆったりと……。のんびりと……。
「私、ゆっくりしたいなぁ……」
「成程、成程。静かで……、豊かで……。満たされた時間が、欲しいのですね?」
何だろう……? さっきから、ぼんやりする……?
頭の中身が、薄闇に包まれているような……?
思考が、纏まらない……。まるで、日没の薄明だ……。
「う、うん。そうだよ……? 私、欲しいの。静かな時間が、欲しいの。豊かな時間が、欲しいの。誰にも邪魔されずに、読書がしたいの」
「でしたら此処で、御寛ぎ下さいませ。図書館とは、本を読むための場所なのですから」
あぁ、読みたい。本が読みたい……。
本当に、良いの? 好きなだけ、良いの? 飽きるまで、良いの?
「御客様を煩わせる時間など、此処には御座いません。心行くまで、御楽しみ下さいませ」
素敵……。なんて、素敵……。
まるで、夢のような……。えぇ、そうよね……。
夢なら、時間なんて存在しない。あるはず、無いもの。
私は、ふわふわと踊る。踊るように、足を運ぶ。
だって、この子達が呼んでるもの。
早く『読んで』と、私を『呼んで』いるもの。
和書、洋書。古書、新書。魔書、聖書。古今東西、老若男女。
時代は問わず、文字は問わず。人を選ばず、人を定めず。
未知の言語、既知の言語。
その全てを問わず、情報が流れ込む。
私は、気付かない。何も、気付けない。
不自然に、気付かない。不可解に、気付けない。
未知の言語など『読めるはずがない』と言うことを。
眼は踊る。手は翻る。口は歌う。心は巡る。
頁を捲る。更に捲る。更々と捲る。
読んでいるのは、誰? 呼んでいるのは、誰?
読むのは、私? 読まれるのは、私?
呼ぶのは、私? 呼ばれるのは、私?
意識が沈む。意識が霞む。
墜ちる、堕ちる。何処までも、落ちる。
沈む、沈む。意識が沈む。何処までも、沈む。
海淵より、深く。アトランティスより、深く。
暗く、暗く。意識が澱む。何処までも、暗く。
深淵より、黒く。パンデモニウムより、黒く。
最後に、声が聞こえた。
「あぁ、言い忘れておりました。一つ御忠告を」
声が聞こえた。
「古きものは、力を宿すと申します」
声が聞こえた……。
「読めば、詠まれる。見れば、魅られる。覗けば、除かれる」
こえがきこえた……。
「感情移入が過ぎれば、その身を滅ぼすことになりましょう」
コエガキコエタ……。
「ですので、くれぐれも御注意を」
………………。
………………。………………。
………………。………………。………………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、私は目覚めた。車両の中で、目覚めた。
気が付けば、そこは終着駅。既に、終電間際。
それに乗って、何とか帰宅。
物語は、御仕舞い。ここで、御仕舞い。
……とは、ならなかった。
私は、夢を見る。再び、夢を見る。
車両の中は、彼方への入り口。彼方への入り口
でも、終わらない。まだ、終わらない。
最初は、車両。次は、自宅。最後は、白昼。
夢は現に。現は夢に。
泡のように、沫のように。
寝ても覚めても、夢の中。
溢れた夢は、現を侵す。
現実には、体。それは、此岸に。
幻想には、心。それは、彼岸に。
食事なんて、いらない。呼吸なんて、いらない。生命なんて、いらない。
だって、呼んでる。あの子達が、呼んでる。私を呼んでる。
読まなくちゃ……。読まなくちゃ……。読まなくちゃ……。
だから、いよう。ずっと、いよう。ここに、いよう。
だって、いるから……。このこたちが、いるから……。
これからも、ずっといっしょだよ……。えへへ…………♪
──あぁ、だから申しましたのに。忠告が、無駄になりましたね。