本当にあったら怖い話
電気の付いていない薄暗い教室。蝉の声が騒々しく鳴り続ける。
「……暑いな」
「暑いな」
横一列に机に座る男三人だけがこの密閉空間におり、その物寂しさとむさ苦しさが、夏の暑さを増幅させていた。
「暑いな」
「暑いな」
「なんでこんなに暑いんだろうな」
「夏だからだな」
「夏ってなんだ」
「暑い日だな」
「暑い日ってなんだ」
「夏だな」
「夏なのか」
「夏なんだ」
「夏ってなんのためにあるんだ」
「暑くするためだな」
「暑くするためなのか」
「暑くするためだ」
「なら仕方ないな」
「仕方ない」
「暑いな」
「暑いな」
エアコンなんて近代的な物など設置されておらず、うるさいのに大して涼しくもない扇風機の音がブンブンと室内に響く。
頭の沸騰した男達の会話を止める者は誰もいない。彼ら自身、「この会話だけで6時間は潰せるな」と頭の片隅で思いつつも、あまりの生産性の無さに一旦会話を止める。
「こう暑いと集中なんて到底出来ないな」
三人のうちの一人、右側の男が口を開く。
「これは、二年前の話だ」
今日のように蒸し暑い真夏日の深夜のことだ。
俺は二人の友達と肝試しに行ったんだ。場所は地元から少し離れた神社。出ると噂だが、それほど幽霊の目撃情報のない、マイナーな心霊スポットだった。
ワイワイとコンビニ飯を食いながらのんびりと向かい、着いた際に全員で携帯や一眼で動画を録り始めた。映っていたらラッキーくらいのよくあるおふざけだ。
俺のカメラは特に何も映っていなかったが、友達の一人が、「なんか変だ」と俺達に動画を見せてきた。
それは、神社を映した瞬間に映像が乱れ始めるというものだった。変なノイズが入ったり、心なしか、乱れた映像の中に顔が映っているように見えなくもなく、俺達は戦慄した。
だが、当時の俺達はその時は大して気にしていなかった。幽霊が俺達に悪戯する、というような出来事は所詮都市伝説だろうと思っていた。大人になったときの思い出話になるくらいだなって体験だと、俺達は苦笑いしながら思っていたんだ。
しかし、その一週間後……。
「俺がバイクと衝突して入院した」
「……怖いな」
「怖いな」
二人は真顔で呟く。
「ちょっと涼しくなったな」
「そうだな」
「体感温度が一度くらい下がったな」
「あんまり変わってないな、それ」
「全治三日だったよ」
「言うほど大したことじゃないな」
彼の話を聞いていた二人の顔から汗が垂れる。脂汗ではなく、暑さで流れる汗が。
陽が傾き、まるで三人に向けて放っているように日差しが直接彼らに当たる。
「こんな空気じゃ、余計に暑くなるだけだな」
真ん中の男がそう言うと、机に掛けてあったバッグから懐中電灯を取り出し(なぜ入っていたのか)、下から顔に光を当てる。
「仕方ない、俺のとっておきの怖い話をしてやろう」
彼はゆっくりと語り始める。
俺の親戚に、家庭菜園が趣味の叔母がいるんだ。
趣味が高じて田舎に移り住み、毎年新鮮な野菜を送ってくれる、気の良いおばさんだ。
一昨年のことだ。俺はその叔母の家に遊びに行ったんだ。従兄弟たちと森で虫取りなどをして遊んで、とても楽しかった。
その日の昼のことだ。
叔母は家庭菜園で作った野菜を使って、サンドイッチを作ってくれたんだ。自然のままに作ったからとても新鮮で美味しいと自慢していたよ。
俺はその一口では入りきらないような、大きなサンドイッチにかぶりついた。
すると、だ。口の中に違和感を感じた。ぐちゃぐちゃというかねちゃねちゃというか、とにかく野菜では到底起こらないような食感を感じた。
従兄弟たちは何の違和感も感じずにむしゃむしゃと食べている。
俺は恐る恐る、そのかぶりついた部分を覗き込んだ。
「そしたら、中にでっかい芋虫の断面が蠢いてるのが見えた」
「うわぁぁぁぁ!!!」
「下手な怖い話よりも怖いぃぃぃ!!!」
二人が悍ましい表情で絶叫する。
「一年くらいまともに野菜食えなかったな」
「そりゃそうだよ!誰だってトラウマになるよ!!」
「なんでそういう話するの!?」
「だってお前らが怖い話をしろって雰囲気出すから……」
「確かに話振ったのは悪かったけども!」
「誰が芋虫食った話しろって言ったよ!」
二人からの大ブーイングだった。
「でも涼しくなっただろ?」
「ああなったよ!その代わり俺ら二度とサンドイッチ食えなくなったけどな!」
「ホラーな怖い話しろよ!ホラーな話を!」
「ホラーな話ぃ?」
ブーイング男はうーんと唸る。
「ほら、少しくらいあるだろ?幽霊とか妖怪とか、そういうポピュラーなやつ」
「……芋虫の幽霊が襲ってくるとか?」
「芋虫から離れろって言ってんだよ!!」
「いってえ!なんで殴んだよ!」
「お前が芋虫のことしか考えられない脳みそ芋虫野郎だからだよ!!」
「芋虫食って頭まで芋虫に浸食されたのか!!」
「くそう……友達とは思えないくらいの酷い罵倒だ……!」
赤くなった頬を抑える脳みそ芋虫野郎は、左に座っていた男をビシッと指さす。
「じゃあお前が怖い話してみろよ!散々言ったんだからお前にも怖い話出来るよなぁ!?俺はまだ暑いままだ!俺を冷蔵庫に入れたまま忘れ去られたお惣菜くらい冷やしてみろよ!」
「えぇ、俺?」
左の男は顎に手を当てて考え込む。
「そんなに怖いってほどの体験は……あ、そうだ」
彼は何かを思い出し、二人の方を向いて語り始めた。
「これ、先週のことなんだけどさ」
俺、夜遅くまでバイトしてたんだよ。コンビニのバイトね。夜遅くと言っても、深夜バイトってわけじゃないよ。高校生の深夜バイトは禁止だからな。ちょっと色々作業が立て込んで、十一時半くらいまで掛かっちゃったわけ。
それで、そんなサラリーマンも見なくなってきたような時間に、早く帰りたいなーって思って品出ししてたら、一人のお客さんが来たんだよ。
スーツでもなく、夏なのに厚着していて、変だなって思ったんだ。でも、受験生が夜食買いに来たとか、風邪引いてる人だとか、人に顔を見られることが嫌な人とか、そういうのかなってその時は疑問に思わなかったんだ。眠くてぼーっとしていたのもあるけど。
そうしたらさ、そのお客さんがキョロキョロと周りを見回しだしたのよ。なんか変だな、万引きでもされたら困るなって、俺も少し警戒したんだよ。
そこでさ、裏から店長が顔を出したんだ。顔は凄くいかついけど、普通に優しいおじさんって感じの人。
店長が、「そろそろ上がっていいぞ」ってやんわりした声色で、俺に言いに来たんだよ。
その時、その変なお客さんが慌てたようにそそくさと店を出て行ったんだ。
ああ、やっぱり万引きでもしようと思っていたのかな、と少し安心して、強面の店長に感謝だなって心の中で感じていたんだ。
でも、その人が出て行くときに、腰の辺りが光を反射してキラリと光っていたんだ。
俺はそ逃げるお客さんの腰で光るものを何気なく見つめていたんだけどさ。
「あれ、多分包丁だったんだよね」
「……うわあ」
「それ本当に怖いやつ……」
二人は笑うわけでもなく、顔を真っ青にしていた。
「流石に怖くてバイト辞めてきちゃったんだけどさ、一応店長に言っておいてるから警備は強化してるだろうけど、先輩とか見た目気弱そうだし心配なんだよね」
「ああ、そう……」
「あれ、どうしたの二人とも?」
「いや、別に何でもないんだけど」
「夜道には気をつけろよ……」
左の彼は暗くなった雰囲気をほぐすように、二人に話す。
「でもさ、ほら!本当に怖いのは人間だなってオチでいいじゃん!」
「そ、そうだな」
「そういうことにしておこうかな!」
カーカーと、窓からカラスの鳴き声が聞こえてくる。三人が一斉に、窓を眺める。
「まあ、本当に怖いのはさ」
「ああ」
「俺たちが三人とも期末試験の問題の裏面やるの忘れて、夏休み早々補修食らっていることだよな」
「それな」
「こらぁ!!もう五時過ぎだぞ!!お前ら課題一枚やるのに何時間掛かってんだ!!」
部活から戻って来た担任の男が、勢いよく扉を開けて怒鳴ってきた。
空はオレンジ色に染まり、哀し気なヒグラシの鳴き声が夕暮れを知らせる。
彼らの夏は、まだ始まったばかり。
最期まで読んでいただき、ありがとうございます。
最初の入院の話は私の実話です。