気をつかう置き時計
「ええと。『この時計は正確さを求めるお客様にはお勧めできません』って、すごい時計だなぁ」
由美子が家のリビングに置く時計を新調しようと、とあるショップを見て歩いていたときにこれを見つけた。
この時計を彼女が見ているのを知り、店主が声を掛けてきた。
「その時計は、変わってまして。「人間的不正確さ」をもとに時間を表示したりアラームを鳴らしたりするんです。通称「人間時計」」
店主は本当に珍しいものを客に説明するとき、妙に声が裏返る。
「人間時計。人間的不正確さ」
「ええ。「人間的不正確さ」というのはですね、これを使う人のことを時計が察知しましてね。例えば、「話に夢中になっていると時間の経つのが早い」とか「イヤだなあ、行きたくないなあと思っている予定」があると、少し遅れたり、「大切な用事で、絶対に寝坊できない」と思っていると早めにアラームが鳴ったり、しかもそんなセットしてないのに起きるまで何度も鳴ったりね、するんです」
由美子はその話を聞いて、
「やだぁ。キモチワルイ」と即答した。それなのに、「おもしろそうだから」と購入していった。
この時計。なかなかめんどうな代物だった。その説明は店主がしてくれたのだが、それでも彼女は買った。いや、めんどうそうなところに興味が湧いてと言うのが正しかった。
由美子が家に帰って説明書を読むと、そこにもいろいろ書いてあった。
基本契約があり。1ヶ月に一度、メンテナンスのため技術者が訪れて時計の内部を点検することになっている。時計の構造は「製造上の機密事項」があり、ユーザーが蓋を開けて中を見ることは禁止。無理に開けた場合、「危険が伴う」と書いてあった。
店主が、この時計は使用者のことを察知して、何か予定があると時計が進んだり遅れたりすると言ったが。その「進み方」「遅れ方」にもいろいろと傾向があり、一定だったり、やたらと大きかったり、いろいろするそうなのだ。だから、
『この時計を信じ切って生活することはお勧めいたしません』とも書いてある。『この時計は、あくまでも生活の目安と捉えてください。もしこの時計に合わせて生活がしてゆけるようになったとき、あなたは少しだけ自由なのかも知れません』
「へんなのぉ」
由美子は、テーブルの上に、箱から出したとけい置いてしばらくおもしろそうに眺めていたが、リビングの壁際にある小物棚の家族の写真の隣に置くことにした。
一般的な使用では、この時計「メンテナンスフリー」ということだった。何をエネルギーにして動いているかわからないが、とにかく電池を入れるような場所はないし電気を供給する必要もない。時計が進んでも遅れても、使う側が時刻を合わせることは出来ない。それをするツマミもなにもない。そして、時間がずれても、なんかの拍子に正確な時刻になったりする。それは、電波時計のようななにかのシステムによって訂正しているわけでもないらしい。とにかく中を見ることはできず。完全なブラックボックスになっているのだ。
見た目は美しい木目の本体。頭が丸くて、言って見れば「トンネルを輪切りにしたような形」だった。文字盤はアイボリーで、時刻の文字は金のアラビア数字。針も金色で長針短針、秒針。秒針はカチッと1秒刻みなので水晶発振なのかとも思うが、中が見えないし説明も書いてないから、それも不明。
その時計は、リビングではテレビの並びに置いてある。自然に目に入る場所だ。
最初は正確な時間を表示していたが、「言われたとおり」時々、妙に遅れたりする。そして、しばらく目を離していると、いつの間にか「取り戻して」正確な時刻になっている。
あるとき、由美子にとってあまり長居をして欲しくない近所の奥さんが用事で訪れ、リビングに通してお茶を出して話していると、この時計、気のせいか時間が早く進んでいる。由美子が「この人早く帰ってくれないかナァ」なんて思っていたら、いつもなら婉曲に勧めても帰らないその奥さんが自分で、
「あら、もうこんな時間だわ。帰るわね」といって、サッサと帰ってしまった。玄関まで送って、
「ラッキ~」なんて思いつつリビングに戻ると、例の時計が30分近く戻っている。ほかの時計で確かめると、たしかに「いま示している時間」が正確だった。
「この時計、密かに早く進んで、あの人を帰してしまったんだわ」そう思った。
そう思うと、うれしいような、空恐ろしいような気がした。
そのほかにも、ある日には、例の時計を見ながら家事を済ませて行き、夕飯の片付けも、翌日の「仕込み」もして「ふぅ。こんなもんか」なんて思って時計を見ると、妙に早い。よくよく時計を見たが、やっぱりまだ「こんな時間なの?」と思わされ。おかげで「見たいけど、時間がないナァ」なんて思っていた録画のドラマをゆっくり座って見る時間が取れた。
「この時計。こっちの行動とか気分を見透かして時間を操作してるみたい……」
由美子はそう思った。そしてなんだか、時計を欺いてやりたい気がして、ありもしない予定を言ったりしてみた。けれど、時計は騙されない。
「なかなか頭がいいヤツだわ」
いつしか、時計そのものが由美子の家族の一人のような気さえしてきた。
遅れそうになると、せかされる。余裕があると、平気で遅れる。それどころかしばらく止まっていたりして、「止まるのはダメでしょ!」と言ったら、とたんに針が猛スピードで回り出して、ピッタリの正確な時間になったりした。
「この時計。絶対に中に誰かが入ってるんだわ」そう思った。
なんだかんだと言って、『人間時計』が由美子の家に来て3ヶ月が過ぎた。夏の盛り。暑い日だった。
「今月は半月でメンテナンスなんですね」
由美子は訪れた技術者の老人に冷たいお茶を勧めながら言った。
「ええ。夏は交代でお休みを取るもので、早めに一度、見せていただきに上がりました。料金は1回分だけですから、だいじょうぶです」
「それはいいんですけど。……やっぱり、時計の中は見せてもらえないんですよね?」
「ははぁ。それだけは、どうも、ご勘弁を」
技術者は頭を掻いておじぎをした。
由美子は、しかたないわね、と言う顔でリビングを出て行った。「時計メンテナンス中は同席もご遠慮いただきます」というルールがあるからだ。
老人は特殊な電子キーのようなもので時計の裏の蓋を開けた。
「うぉぉ~、外の空気。いいねえぇ」
中から親指の先ほどの人が一人出てきてテーブルの上で伸びをした。
「やあぁっはー。夏休みだぜ」コビトはうれしそうに誰にともなく言う。そんな彼の前に老人は持ってきたカバンから箱を出して置いた。その箱からは、やはり親指の先ほどのコビトが出てきた。
「じゃあ、交代~。あんた今年の休みはどこへ?」
「うん、南の島へちょっといってくらぁ」
「いいね。じゃあ、楽しんできてよ」
「ああ、またね。がんばってね~」
二人はあいさつを交わして交代した。新しく来たコビトは、時計の中に入る。
「それでは、勤務に入りま~す」
「はい、よろしく。時計自体に問題はないよ。それじゃあ」
「了解!」
時計の裏蓋はしめられ、元の通りにリビングの棚の上に置かれた。
「奥様。それでは、メンテナンスが終わりましたので。失礼いたします」
「はい、ごくろうさまでした」
由美子は時計屋の老人を玄関先まで見送った。
何で時計にコビトが入っているかというのですか?
最近は、むかしのように「仕立屋」とか「鍛冶屋」とか「靴屋」さんなんていう人が少なくなりまして、コビトもヒッソリ手伝う相手がいなくて、手空きが増えたもので。それでこんな商売をしているんです。時計の中で、コビトが時計を操作して、時間を進めたり遅らせたり、いろいろやってるんです。だからたまに寝ちゃったりすることもあるし、そこら辺の具合に担当者の性格が出るんですね。だから「人間的」なんですよ。ええ、時計の中はもちろん冷暖房完備。快適に暮らせます。それにね、たまに外に出たりしてるらしいですよ!
タイトル「人間時計」