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シスター ファス・ファタール1-2




夜が明け、タツヤが目を覚ますと、ベッドの傍らに腰掛けたファスが長くうねりのある明るい茶の髪を革紐でくくっていた。

身を起こすと白くなだらかな首筋が見える。

思わず鼻を突っ込むと、くすくすと幸せそうに微笑まれた。


「おはようございますタツヤ様。朝はだめ、です。

 よく見えて恥ずかしいもの……」

「え~」

「えっと、お腹が空かれたでしょう? 粗末な物ですが朝食をお持ちしますね? だから、ちょっとだけ……まってて、いただけますか……?」

「はーい」

「ふふ、ありがとうございます。ではちょっと失礼しますね」


楚々と立ち上がったファスはもう、淑やかに咲く白百合のような、貞淑なシスターそのものだった。

清潔な朝の光の中、男の味など知らぬ気に清廉な空気を纏う。

だけれど、どこか、ほのかに艶を感じさせる。

所作の一つ一つが、彼女生来の清らかさを感じるというのに、なのに何処か蠱惑的に感じさせられてしまう。

タツヤが救済刻印以外で彼女の肢体に残した手垢はべっとりと、しかし隠然と、隅々にまで塗り込まれてしまったようだ。

膨らみかけで固さの残っていた胸も、ほんの少しだけ、大きく育ち始めたように見える。










焼きたての柔らかいパンに、瑞々しいサラダ、ふんわりとろける黄金色のオムレツ。

ファスは粗末な、と言ったが、豊かな日本食の味に慣れたタツヤが手放しで美味しいと絶賛した朝食を終えて、褒めちぎられまくった所為で頬を赤くして照れてしまったファスからコーヒーを淹れて貰いながら一息吐く。



「それで、ファスには色々と説明して貰いたいんだけれど、良いかな?」

「勿論です。何を説明致しましょう?」

「えーっと、まずは、ここは何処、なのかな?」

「リンリスト女王国です。魔力の高さと神託によって選ばれた女王が建国以来ずっと統治しております、聖女と姫騎士の守護の厚い国で、一応は人間サイド最大の国といえますね。(りゅう)(しゅ)(きょう)の聖都でもあります」

「魔力……人間サイド……」

「はい。魔力については説明不要ですよね? 昨晩わたくしにたっぷりと注いで下さった位扱いがお上手なのですから。きっと歴代の聖者以上の清らかなる「聖」の色を、タツヤ様は纏っていらっしゃいます」

「ええええ?? ちょっと待ってよく分かんない。

 俺、魔力とか使ってんの??」

「まあ! 自覚なしにあれだけ濃厚な魔力を練り込まれていたのですか? っ、すごい……。いつかタツヤ様が、自在に魔力を扱えるようになられたら、わたくし……気が触れてしまうかも知れません」

「駄目だよそんなの! ファスの気が触れないように俺ちゃんと覚えるから、ファスにもっと教えて欲しいな」

「はい。わたくしめで宜しければ。

わたくしは「地」の属性を帯びた魔法を得意としておりまして、自己強化が得意ですの。魔法使いらしい魔法は不得手でして、ですから自己強化をして、女だてらに剣術の真似事など致しておりますの」

「剣、魔法……。それに人間サイドってのが気になる。やっぱりこの世界って危険がある感じなのかな?」

「この世界? ってのはよく分かりませんが、危険ならありますね。

 西の大陸には魔王インファ・インファナルに支配されてまして、魔族と魔物が跋扈しておりますね。こちらの東の大陸にも侵入してくる事も多いです。

ここ数年は小康状態を保っておりますが、伝承に聞く魔王生誕以降千年にわたって度々魔王軍の侵攻を受けておりますの。勿論、リンリストの歴代女王率いるリンリスト軍と、同じく歴代の聖女擁する教会聖軍とが撃退し続けていますけれどね」

「魔物! 魔王もいるのか!」

「ええ。ですが、魔王は50年前に当時の聖女によって封印されておりますので、直ちに脅威とはなりません。今は魔王の忠実なる幹部が指揮を執っているようです。ですが」

「ですが?」

「魔王は封印される間際に、身にため込んだ瘴気を世界にまき散らかせました。瘴気は時間をかけてじわじわと自我を浸食し、まるで当人にとってごく当然の流れであるかのように自然に、忠実なる魔王の(しもべ)になっていくよう、ヒトの思考と思想をねじ曲げていくような、そんな瘴気が、大陸中を覆ってしまっているのです」



あの方のように。

ファスが小さく呟いた途端に、大きな音を立ててファスの部屋の扉が開かれた。


「何ておぞましい気配! なんという異質な魔力……! 異物を呼び寄せたのね、ファス・ファタール! 貴女、神を裏切ったの!?」


現れたのは、長くなびく月の光のように輝く銀の髪が神秘的な、理知的な印象の美しい少女だった。覇気を感じさせる紫の瞳が目を惹く。

高貴な存在なのか、紫を基調とした足下に届かんばかりの長いスカート、きっちりとアイロンされた皺の一つ無い清潔なシャツを身に纏っている。藤色のストールを羽織り、スカートと同じく紫のタイを締めており、そのタイに付いた可愛らしいフリルが僅かに少女の趣味を覗かせていた。


恐らくはファスと同じ年頃だろう。

肉感的な成長を予感させる肢体のファスとは違い、女の子の中でも更に華奢な体格と見える。

胸もすとんと平らで、折れそうな程ほっそりとしたウエスト、キュッと上を向いた形の良いヒップがスカート越しでも隠し切れていない。

ちんまりとした印象で、背丈もファスより頭一つ分低い。

小さく細い身体に神秘的で繊細な容貌、その内に破裂しそうなくらいに苛烈な魂を秘めた人物であるように見受けられた。


「いいえ、聖女センノ様。わたくしは神を裏切ってなどおりません。

 こちらのタツヤ様こそが、魔王の汚染から世界を救って下さる御方なのです」

「正気に戻りなさい、ファス・ファタール!

 貴女は外禍(がいか)たるこの男に洗脳されているのよ!」








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