第89話 フォールダウン
松山と天海はスタートラインに立つ。両者準備運動を入念に行なっている間に英知が軽くルール説明をする。
「ルールは至って簡単。先にこの200mトラックを1周した者の勝ち!以上!!」
普通だった。このバカ共のことだから変なルールでも用意されているのではなかろうかと予想していたのだが、考えすぎだったか。
ところで、相手はなかなかの実力者と聞く。しかしそれは中学時代の話だ。奴はいまSeReKaに所属するただの陰キャ。恐るるに足らん。こいつになら勝てる。
「・・・アンタいま、俺になら勝てるって思っているだろう。」
軽く笑みを浮かべる天海に心を読まれ、松山は戦慄した。隣で準備運動を行なう天海が鋭い目つきでこちらを見ている。
「・・・どうしてそう思う?」
「どうしてもこうしても、アンタ顔に出てるんだよ。」
うーん、陰キャに心を読まれると無性に腹が立つ。生意気なガキだ。
「まぁ俺にもブランクがあるからな、少々不利かもしれん。だがな、1つだけ言っておく。勝敗を決するのは必ずしも身体能力だけではないのだよ・・・」
「・・・。」
天海は、なにやら不敵な笑みで意味ありげなことを言ってきた。どうせ中二心に任せてカッコつけてるんだろと、この時はそう思っては油断していた。
「両者、準備はいいか!?」
「おうよ!!!」
「・・・大丈夫だ。」
元気な返事の天海と、冷静な返事の松山。いよいよ勝負の火蓋が切って落とされようとしていた。
「ではこれより、第1試合を始める!!互いの誇りを賭け戦ってほしい。」
誇りなんてない。ただ、負けないために戦うのだ。刹那の涙を無駄にしないために戦うのだ。それを胸に松山はクラウチングの構えをとる。ふと天海のほうに目をやると、彼は構えていなかった。棒立ち、圧倒的棒立ちであった。よほど余裕があるのだろうか、バカにされているような気がしてならない。
「ずいぶんと余裕なんだな。」
「そんなつもりはないのだが、不快な思いをさせてしまったのならば申し訳ない。」
「・・・ちっ」
つくづくイライラさせてくる野郎だ、絶対に負かしてやる。
「位置について・・・よ~~~い・・・」
気持ちの良い陽光がグラウンドを照らす。いたずらな雲が太陽を遮ったその瞬間、英知が放つ空砲の音が響いた。
「どん!!!」
両者地面を思い切り蹴り上げ、勢いよく走り出す。クラウチングスタートをした松山が若干のリードを奪った。
50m地点を通過する頃には、天海に5mほどリードして走っていた。
「いける、頑張れ松山殿!!」
活気ある表情で刹那が応援する。その応援を走りながら耳にした松山は、心で思った。安心しろ、俺は必ず勝利する、と。
その直後、その思いを伏線にさせんとばかりに、松山は姿を消した。正確に言えば、グラウンドに開いた穴に落ちたのだ。いわゆる落とし穴である。
「えっ・・・」
「なに、どうしたの?」
刹那と麗華は状況を読み込めずにいる。困惑している2人をよそに、英知とヒミコは微笑を浮かべている。
松山は落とし穴に落ちる瞬間、走り去りながら嘲笑する天海の顔を見た。それを見て確信した。これは奴らの罠なのだと。だが、奴らが穴を掘っているところを確認したわけではないので、確固たる証拠はない。
それゆえ松山は理解した。これは真剣勝負なんかじゃあない。これは相手を貶める、イカサマの勝負であると。




