第80話 Never ending journey
「海でも眺めれば、記憶が戻ると思ったんだが、さっぱりだよ。なんだか、もう嫌になった。すまないが今は1人にしてくれないか・・・」
松山は気力を失った声色で弱音を吐き、トボトボと歩いては2人から離れていく。悲しみを体現するような背中を見せながら。まるで、生きる希望を失ったかのように。
2人は嘆く。この男はこうも弱々しかったかと。
2人は思い出す。否、この男はもっと強くもっと男らしかったと。
2人は思う。この男は本当に我々の知っている松山先生なのかと。
2人は誓う。否、この男はまだ我々の知る松山先生ではない、この男はまだ我々の全てを思い出してない。ならば呼び覚まそう、我々の知る松山を、松山の知る我々を、呼び覚ましてやろうと。
「「こんのニセモンがぁぁぁぁぁ!!!」」
2人は叫びながら松山の背中を追いかける。そして彼の正面に回り込み、彼の顔面を同時に殴った。
「ぅぉぁおおおがぁっ!!!」
左右の頬を同時に殴られた松山は、断末魔のような悲鳴をあげ、砂浜に倒れる。
「この偽者が!本物の松山先生はこんなことで弱音を吐くものか!」
「この偽者め!本物の松山先生はあんな背中を見せながら私たちの前から去って行くものか!」
松山は耳にした。2人の心から溢れ出るような自分に対する熱い情熱を。松山は目にした。2人の純粋な瞳から頬を伝って落ちていく涙を。
「お前はまだ松山先生じゃない!思い出してないんだ!まだ欠陥品、試作型、まだ完全に戻ってきていないんだ!僕たちのことを知ってる松山先生が!僕たちの知る松山先生が!」
熱く呼びかける英知に、松山はようやく口を開く。
「・・・き、君の知る俺は、それ程までに強かったというのか。ほとんど全ての記憶を失っても、俺がいつも通りの俺でいられるとでも言うのか?」
「その考えがまだ思い出しきれてないという証拠!偽者であるという証拠!本物の松山先生はね、あなたはね――」
「絶対に諦めないのよ!!!」
麗華の叫びに松山は目を見開いた。彼女の思いを受け止めるように。
「アンタは頭の悪い僕たちのことを見放そうとはしなかった。僕らの理解に合わせて一生懸命授業を工夫してくれた・・・。」
「あなたは私たちを見放さなかった。自分の手を汚し、どれだけ傷つこうとも、私たちを助けてくれた・・・。」
「・・・だから今度は僕たちが助ける番だよ、松山先生。」
「あなたが過去の記憶を思い出せるように、偽者じゃない本物の松山先生に戻れるように、私たちは支えるわ。あなたのことを、全力で。」
2人は松山に手を伸ばす。その伸ばされた手には「戻ってこい」という2人の想いが込められていた。それを察した松山はフッと笑って、2人の手に両手を伸ばす。
―――――
「・・・フゥ、おめでたい再会じゃぁねぇかよまったく。」
松山たちから少し離れた地点で、ガードレールに寄りかかりながら、榊原はつぶやいた。
「よかったよ、あんなにも生徒から慕われてる先生様の記憶が戻って。さてそろそろ戻りますかね。」
退院した松山のあとをつけてきていた榊原は、安心した様子で立ち去ろうとする。が、携帯電話の振動を感じた榊原はその場に立ち止まる。
「・・・げ、那須野からだ。も、もしもし。」
「榊原さん」
「違うんだ那須野くん、私は医者としてだね・・・」
「何が違うんですか?松山さんの様子を見に行かれたんですよね。」
「・・・。」
患者を心配して様子を見に行くなんて、キャラじゃないと分かっているからこそ、それがバレた時の恥ずかしさは尋常じゃない。その尋常じゃない恥ずかしさを今まさに感じている榊原のプライドはボロボロだ。
「・・・分かってたのか。」
「分かりやすすぎるんですよ、榊原さんは。」
「・・・すぐ戻る。」
「あら、松山さんの様子はどうだったんですか?」
「人が多くて会話は全然聞き取れなかったんだが、唯一分かった最後の言葉で確信したよ。大丈夫だとね。」
「え、それだけで確信できるんですか?」
できるさ、と携帯電話越しの那須野に伝えると、もう一度松山のいる方を振り返る。
「大事な記憶を失ったままのヤツが、いきなり殴ってきた奴らに『ありがとう』なんて言うわけないだろ?」
―――――
榊原が最後に聞き取った松山の感謝の言葉。それは松山たちがこれから歩む、運命へのスタートラインだった。
麗華と英知も知らない、松山の過去を取り戻すための新たな道。まだ終わらない旅路の先にあるのは希望か、絶望か。
Chapter5
― 追憶の航路 ― 完




