第7話 いざ尋常に、事故紹介
松山先生の下の名前がわからない。
そうだ、新しいクラスの一員になるには、必ず最初に自己紹介をするという義務を担わなければならないのだ。かつて自己紹介をしなかった教師が今までいただろうか?いや、いない。そして、自己紹介に必要なのは顔と名前。そして俺に与えられているのは顔と名字だけ。下の名前は不明である。
名字だけ名乗るか?たしかにこのクラスの奴らはバカばかりだ。どうせ「どっちがキャベツでどっちがレタスだっけ」みたいなことしか頭にないだろうから、「なんでこの先生下の名前いわねーんだ?」みたいな疑問は抱きはしないだろう。
しかし、万が一そんなキレっキレな考えが浮かびやがる秀才クソガキ野郎でもいやがったら、「先生、下の名前は?」とか聞いてきやがるだろう。そうなった時に下の名前を言えなかったら怪しまれることこの上なし。
どうすればいい、だからといって適当に名乗るのもダメだし・・・
「・・・先生、大丈夫ですか?」
大丈夫ではない。大丈夫ではないが数秒の熟考の末に、ミツルは一つの答えにたどり着いた。
「大丈夫だ。」
そう言って、黒板の前に立つ。白のチョークを手に取り、勢いよく文字を書き始めた!
カッカッカッと、歯切れのよい音が教室に響く。数秒後、音は止んだ。
「わたしは・・・」
続いて黒板に書かれた文字を、はっきり大きな声で読み上げる。
「エリート松山だ。」
そう言って、渾身のドヤ顔をバカどもに見せつけた。
ここはこれがベスト。名字だけ名乗るのも気持ちが悪いし、「は?下の名前は?」って聞かれたらおしまいだ。だから、あえてエリートが言わなさそうなことを言って、呆然とさせてから下の名前から意識をそらす。目の前のエリートが自己紹介で、売れない一発屋みたいなことを言うだなんて誰にも予期できるはすがないからだ。もしかしたらウケも期待できるかもしれない。
・・・と思ったけど、よくよく考えたら自分がもの凄く恥ずかしいことをしている自覚が芽生えた。なんだエリート松山って。恥じらいって言葉知ってるか、俺。圧倒的に追い詰められていて気を乱してしまっている。
しかしもうアフター・ザ・フェスティバルということで、冷や汗が肌にまとわりつくのを感じながら、これ以上なにもせずに生徒の反応を待つ。
「なんだこいつ(笑)」
「これはひどい(笑)」
「マジウケるんですけどー」
「おい、このエリート先生もしかしたら堅苦しくないエリート先生なんじゃね」
「ラッキー!エリートっていうから厳しい先生だったらどうしようかと思っちゃったぁー」
上手くいった。バカどもの歓声が響く。
なんだこいつらチョロすぎる。もうここまで上手くいきすぎると逆に怖くなる。もう怖いものなんて、ないんじゃないか?もはやこの空間に、エリート松山について疑問を抱く者はいないのではないかと思われた。
否、たった一人、教室の片隅で疑問を抱く者がいた。
フィクションなので、実際の偏差値42はここまでひどくないと思います。




