第70話 合理的な男
「榊原さん・・・どうして・・・?」
「てめぇ何しやがる!!!」
那須野の声に被せるように、殴られた頬をおさえながら御手洗が怒号を飛ばす。
「やかましいッ!いま彼女と話しているんだ、邪魔をしないでいただこうか。」
榊原が怒り口調で御手洗に言う。だが、邪魔をするなと言われて何もしない御手洗ではない。
「なめてんじゃねぇぞクソがぁぁーーーーー!!!!」
叫びながら立ち上がり、榊原に向かって殴りかかる。しかし、彼が勢いよく放った拳は榊原の手の中に押さえられてしまう。ここで榊原が口を開く。
「那須野くん、恐らく君はこう思っている。『暴力を使うなと言った本人が暴力を使っているではないか』と。そう仮定した上で君の問いに答えよう。これは暴力ではなく、理不尽に殴りかかってくる野蛮な男から君を守るための『正当防衛』だ。
だがその上で、もし君が正当防衛も暴力であると言うのなら、そもそも、私はあくまで君に暴力を使うなと言っただけで、何も私が暴力を使わないとは一言も言っていない。なにか質問は?」
一方的な正論風屁理屈の末、那須野は「ありません。」と小さく呟いた。
「理解が早くて助かる。というわけでいま私はこの野蛮人の拳を手で受け止めている。それはこの野蛮人が私に殴りかかってきたからだ。このまま何もしなければこの野蛮人は自己中心的な怒りに身を任せ再び暴力を働いてくるだろう。君に改めて危害を加えるかもしれない。だから、そういうリスクを考えた上で私はこの野蛮人に正当防衛を行使する。」
堅苦しいことを那須野に告げ、榊原の鋭い拳が再び御手洗の頬を捉える。断末魔のような叫びのあと、御手洗は起き上がることなく気絶した。
「これは当院の大事な看護師を傷つけようとした報いと受け取ってもらって差し支えないだろう。彼には当分眠っていてもらうことにする。まったく、一度で気絶してくれればよかったものを・・・」
榊原は殴った拳を、アルコールを含ませたハンカチで拭く。まるで汚いものを触ったあとのように。
「そ、そんな・・・あの御手洗さんがたった二発で気絶するなんて・・・」
「あ、あの男やべぇぞ・・・」
その光景を目の当たりにしていた周りのクレイジーデッドたちが榊原の恐ろしさに怯えている。
「さて、この病室および付近の廊下に居座る野蛮なる雑兵共に告ぐ。早急にこの病院から立ち去ることをお勧めするよ。さもなくばこの発狂サイコパス野蛮クソ野郎のように気絶することになる。あるいは君たちの醜い顔面が更に醜くなることになる。言っておくが怪我を負ってもこの病院では処置してやらん。そして、二度と足を踏み入れるな。分かったな?警告はしたぞ。」
榊原が冷静に雑兵共に煽り台詞という名の警告を吐き捨てる。とはいえ彼らも、御手洗同様そんなことを言われて素直に黙っていられるわけもなく・・・
「・・・っざけんなァ!やっちまぇぇぇ!!!!」
次から次へと榊原を叩きのめさんと立ち向かっていく。たとえ相手が恐ろしい相手であると分かっていても、プライドという獣が撤退を許さないのだ。
「・・・やれやれ。那須野くん、安全な場所に下がっていたまえ。」
榊原はため息をつくと、那須野の背中をポンと押し、彼女を安全な場所に避難させた。
「もう一度言う、警告はしたからなッ!!」
そう言うと榊原は向かってくる敵を一人一人、冷静にかつ穏やかに無力化していった。




