第65話 恋儚き嘘
「姉さん」こと清波 麗華は、松山先生が記憶喪失で入院していると学校中に連絡が入るや否や、学校を走って抜け出していく弟の清波 英知とその仲間2人を発見したので、教師に私用とことわって午後の授業を欠席し、彼らの後を追った。恐らく彼らは水上記念病院に行き、記憶喪失の松山先生に対してよからぬことをしでかそうしているのではないかと思ったからだ。まさか食後に2kmも走ることになるとは予想もしないまま、松山先生への心配を胸に麗華は走っていた。
そして、途中休憩を挟みながら、2kmにわたる病院までの追跡劇を終え、「ハーデス」などと名乗る英知の陰謀を阻止し、清波 麗華は息を切らしてミツルの前に立っている。そのミツルは気絶してしまっているが。
「あのバカ、やはり部活動申請書を・・・。松山先生に記憶がないことを利用して申請書に名前を書かせた・・・。そうして松山先生という顧問をゲットして『SeReKa』を正式な同好会にしようとしたのね。どこまでも恐ろしい弟・・・。」
手に持っている部活動申請書を見ただけで、並大抵ではない考察力を公使し、弟の陰謀を見破る恐ろしい姉の姿がここにはあった。
そう、村雨学院高校に存在する非公式同好会『SeReKa』は、これを正式な同好会にするために顧問を欲していたのだが、教師達は怪しげなグループの顧問になどなりたくないので頑なに拒否され続けていた。以前ミツルにも顧問になることを頼んだのだが華麗に拒否されてしまったのだ。
そこに、松山先生記憶喪失の知らせが入ってきて、この僥倖を逃すまいと、3人は急いで病院へと走っていったのだった。とにかく申請書に名前を書かせるために。顧問ゲットという願いを成就させるために。結果は失敗に終わってしまったが、彼らの執念はこんなものでは断ち切ることはできない。彼らにはまだ他の作戦がたくさん残っているのだが、それはまた別のお話。
―――――
「・・・はっ、また寝てしまった!」
ミツルは急に目を覚ました。今日は失神や気絶の連続で、これで本日何回目の目覚めかは数えるだけ途方に暮れそうだ。するとミツルは、ベッドの隣の椅子に腰掛けて寝ている制服姿の女性がいることに気づいた。麗華だ。2kmの距離を走ったゆえ、疲労困憊で疲れて眠っている麗華だ。が、ミツルが彼女を覚えているはずもなく、恐る恐るその見知らぬ女性を起こそうとする。
「あの~・・・すみません。」
しかし、麗華は全然起きる様子がない。呼びかけても起きないのなら、肩を叩いてみようと、ミツルはベッドから身体を起こし麗華の肩を叩いた。
「・・・お~い」
「ひゃっ!!??」
麗華は奇妙な声をあげ、目を覚ました。
「ふぁうぃぇっ!?な、な、なななななんで目の前に松山先生が!?ゆ、ゆゆゆゆゆ夢!?まっ、ままままままままさかこれって・・・!!」
「お、落ち着いて下さい!」
目を覚ましたら松山先生の顔が至近距離にあったので、顔を赤くしては動揺を隠せない麗華を、ミツルは頑張って落ち着かせようとする。これではどちらが患者なのか分かったものではない。
水を飲むなどして、ようやく落ち着いた麗華は小さく咳き込んで、話し始めた。
「先生が入院したと聞いて驚きました。心配していたのですが、ご無事そうで安心しました。」
先ほど取り乱していたとは思えないほどの冷静な話し方に、ミツルは複雑な顔をあらわにした。
「は、はぁそれはご心配をおかけしました。あの、すみませんがあなたは誰なんでしょうか。」
「・・・。」
麗華はやっぱりか、と残念そうに顔を下に向ける。少し希望を持っていたのだ。きっと自分のことは覚えていてくれていると。しかし連絡を聞いて覚悟していたとおり、彼は記憶を失っていた。覚悟していたとはいえ、やはり自分のことや2人の間に起こった一件、その日々に関する記憶を失っているのだと実感すると、とてもではないが悲しみを抑えることなどできない。
「あと、いま“先生”と仰いましたが、俺は何かの先生なのでしょうか?あ、たしかさっきの新聞にも先生って載ってたような・・・」
松山先生、あなたは・・・
不良に襲われた私の弟を助けてくれた人、不良にさらわれた私を助けにきてくれた人、乱暴なことが嫌いな私のことを思って暴力を使わずに私を助けてくれた人、とても優しい人、素直に話をすることができる人、心から尊敬する人、そして――
――私の大好きな人
でも、私の知ってるあなたはもういない。あなたの知ってる私はもういない。
私の恋は片思いのままで終わってしまった。それはいつまでたっても叶わぬ恋。
それだったら、もう、いっそのこと・・・
「・・・あの、すみません。・・・あなたは一体」
「・・・いとよ。」
「えっ・・・あの、もう1回言ってもらえますか?」
いっそのこと・・・
「私はあなたの・・・恋人よ!!!!」
記憶を塗り替えてしまえばいい――――




