第62話 よぎる過去たち
「あの、松山さん・・・」
「え、あっ、はい!?んあっ、な・・・なんでしょう?」
姫紀はミツルの下へやって来て声をかける。それに対し、先ほどトラウマを植え付けられたミツルは動揺を隠せないでいる。
「その、先ほどは怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした。」
姫紀は頭を90度まで下げ、ミツルに謝罪をした。
「あ・・・」
ミツルはちょっと前の怒鳴った彼女の姿と、今の謝っている彼女の姿を対比させて困惑した。なんだか人が変わったかのような印象を受けたからだ。でも、ちょっと安心したミツルは彼女にこう言った。
「その、こちらこそ、ごめんなさい。それで、さっきお姉さんに教えてもらった名前、頑張って言えるように練習したんです。ララクラッシュ、ララクラッシュ。どうですか、ちゃんと言えてますか?」
「・・・!」
この言葉を受け、姫紀の顔が赤くなった。大人ながら、記憶を失っているがゆえの子どものような言いぐさや、また彼のその努力に、この上ない愛おしさを感じたからだ。周囲から恐れられていた元ヤン姫紀の中に眠る、母性本能が目覚めたのだ。
「・・・えぇ、ちゃんと言えてますよ。よくできましたね。」
姫紀は安らかな顔で、まるで子どもの相手をするかのように答えた。
―――――
「それじゃあ、また来ますね。」
しばらく会話を楽しんだあと、笑顔でミツルに別れを告げ、姫紀は病室を出て行く。
話相手がいなくなり、ミツルは再び退屈な時間を迎える。何もやることがない。何も分からない。そんな彼にとって、ベッドの上でぼーっとしているというこの状況は、生きている感じがしなくて、そこはかとなく嫌な気分にさせるものだった。
そんなことを考えているうちに、だんだん眠くなってきた。そしてどんどん眠気が強くなっていき、考えることもままならなくなってきて、やがて眠りについた。
―――――
<さっさと自分の心配せんかい・・・。せいぜいすぐ死なないようになぁ!!!!!!!!!>
<まっとうに生きている人間が殺されて、人を殺した人間がいけしゃあしゃあと生きているだなんて間違ってるよね・・・!?>
<お前は俺が殺す。>
<お前が殺したんだ。>
<俺が、殺した・・・?>
―――――
「・・・はっ!!?」
ミツルは咄嗟に目を覚まし、起き上がった。その身体には汗が滲み出ている。
「なんだ今のは・・・夢・・・?」
睡眠中、ミツルの頭の中で流れた様々な言葉たち。それを整理する余裕もないまま、ミツルは目の前に黒いスーツに黒いサングラスをかけた謎の3人組が立っていることに気づいた。
「・・・だ、誰!?」
ミツルの単純な問いに、真ん中の男が答えた。
「・・・私の名は、ハーデス。あなたの記憶を呼び覚ましにきた者です。」




