第58話 寝覚めのロスト
お客様がお部屋で意識を失っている、と「とある飲食店」から通報があり、ミツルは「水上記念病院」へと搬送された。意識がない上、体温も心拍数も低かったため、医師による早急な処置が執り行われた。それから15時間ほど経った平日の正午、ベッドの上でようやくミツルは目を覚ました。
「あ、目が覚めましたか。」
ミツルのもとへナースがやって来て、安心したかのような表情を見せる。
「お身体の方は大丈夫ですか?・・・え~と、“松山 孝則さん”でよろしいんでしたっけ?」
ナースが患者の心配をするとともに、名前の確認をする。その問いに対して、ミツルはこう答えた。
「松山 孝則・・・って、誰ですか?」
Chapter5
― 追憶の航路 ―
「記憶喪失・・・?」
患者のいない診断室にて、医師の榊原がつぶやく。
「まぁ一時的なものではあるらしいんですが。」
榊原の前に立つナースの那須野が言う。
「“一過性全健忘”か・・・。十年ほど医師をやっているが、その患者にあたるのは初めてだ。」
榊原が物珍しそうな顔で言うと、改めて診断書を眺める。
「で、この『松山孝則(仮)』ってなんだ?免許だの身分証明書があるのなら、(仮)なんてつける必要ないだろう。」
榊原は疑問を那須野に突きつける。
「それが、彼は明確な身分証明物を持っていなくて・・・。その代わり、『松山孝則』と書かれたノートが2冊あったので、今のところはそう仮定しておこうかと思いまして。」
「この時代に免許も保険証も持たずに外出している大人がいるのか。」
「・・・らしいですね。」
謎の患者の登場により、2人の間によく分からない雰囲気が流れる。那須野が「そういえば」と言って話を繋げる。
「村雨学院高校のパンフレットが入っていたので、そこの関係者ではないかと思って連絡を取らせてあります。」
「・・・安直な。」
榊原は鼻で笑う。本当に村雨学院高校の関係者なら、パンフレットなんて持っているわけがないと思ったからだ。まぁ、学校の紹介をするために持ち歩いているという可能性もあるが、と心の中で補足する。
「失礼します。」
診断室の扉が開き、若い研修医師が入ってきた。
「那須野さん、先ほどの松山さんの件で高校の方に連絡したところ、そちらのほうで教師をやられている方であると確認が取れました。」
「マジかよ。」
研修医師の報告に、榊原は動揺する。本当に関係者だったどころか、その上教員だったとは。それなら尚更、教員免許などの身分証明物を持ってないことに納得できない。しかし、彼は己の性に従い、考えるのをやめて言った。
「まぁいいや。彼が誰であろうとどうでもいい。とりあえず、彼にあまり衝撃を与えないように。一時的な症状が悪化して結果的に記憶が無くなったり、改変されてしまったりするからな。」
「そうですね。あとで苦情を入れられても困りますもんね。」
那須野の言葉に、榊原は「あぁ」と言って続ける。
「なんたって俺は、面倒なことが嫌いだからな。」
この時、まだ榊原たちは知らなかった。村雨学院高校の刺客たちが次々と彼の下へやって来ることを・・・




