第57話 闇に舞う
「・・・もしもし、ケイか?あぁ、無事終わったよ。あぁ。分かった。じゃあ今から叙々苑に向かってくれ。俺は1回署に戻ってから行くよ。あ、先に注文してても構わんぞ。」
店を出た御子柴は、別件で別行動をとっていたケイに電話をしていた。ミツルの自白を得て完全勝利顔の御子柴は、おぞましいほどの達成感に包まれながら今夜の祝勝会の予定を立てる。
「じゃあそういうことで、また現地で。」
通話を終了させる御子柴の顔には笑みがこぼれ出ていた。
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署へ戻る道を1人歩く御子柴は心を躍らせていた。今から焼き肉を食べに行くからではない。人を殺す正当な理由ができたからだ。
御子柴のこれまでの人生は、社会一般的には順風満帆だったが、彼にとっては退屈でたまらないものだった。子供の頃から頭が冴えていて、テストは常に満点。高校も県でトップを誇る進学校に難なく合格し、周囲からの熱い信頼を得て生徒会長を4度務めた。大学は我が国の5本指に入るほどの超エリート校である「東早応大学(通称ヒガソー)」に主席で合格した。彼が高校の担任から「どうか!」と頼まれて書かされた合格体験記には「特に熱心に勉強したわけではありません。」などと皮肉めいた文章がいくつか見られる。
学歴もあり、人望もあり、信頼もあるそんな彼だが、彼は自分の人生に納得してはいなかった。彼にとって社会一般の幸せは、単なる予定調和にすぎないのだ。噛みしめることもなく、愛おしく感じることもなく、幸せをただ過ぎていくものであるとしか思えないのだ。それは彼が完璧であるがゆえの歪んだ思考であった。
そんな完璧な彼には、ただ1つ満たされないものがあった。それは「好奇心」だ。彼が1番心を躍らせる対象は好奇心なのだ。「〇〇してみたい」という好奇心は色々あるけれど、大概の好奇心は簡単に満たすことができる。しかし彼が満たすことのできない好奇心が、ただ1つ存在していた。それは「人を殺すこと」。御子柴はずっと人を殺してみたかった。それが人がやってはいけない禁忌の行為であることは当然知っているが、やってはいけないと言われれば尚更やってみたくなるのだ。禁忌ほどやってみたくなるというのが彼の悪い癖だった。
そんな彼はある1つの職業に憧れた。「正義の名の下に、悪を穿つ存在」である警察官という職業に憧れたのだ。警察官になって、いつか正義の名の下に悪を裁きたい、殺したいと思ったのだ。そして、彼の前に絶好の存在が現れた。偶然に見つけてしまった人殺しと思われる人間、星野ミツルを。この男を使えば、悲願だった「殺人」を実行できるかもしれない。そう思った彼は、禁断の「星野ミツル殺害へのシナリオ」を作成し、実行に移したのだ。
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「待ってろよ~、星野ミツル。」
悲願の成就が近いことに心躍らせ、御子柴は横断歩道の前で信号待ちをしながら思わずつぶやいてしまう。周囲に人がいないから別に恥ずかしくもなんともない。むしろ1人で、溜まりに溜まったアレコレをブツブツ独り言つぶやいてやろうか、と完全に浮かれ気分になっている。
・・・と思ったのだが、御子柴の後ろに人が大勢やって来た。いまは帰宅ラッシュの時間帯。サラリーマンたちも当然帰路についているのだ。彼らも御子柴と同じように信号待ちをする。御子柴はなんだか少しがっかりして肩を落とした。
そんな御子柴のもとに、1本の電話がかかってきた。発信者はケイだった。まさか叙々苑の場所がわからないみたいな初歩的な質問でもしようとしているのではないだろな、みたいな勝手な想像を膨らませながら電話に出た。
「おう、どうしたケイ?」
「・・・・・・。」
「・・・あれ?」
電話に出たはずなのに、ケイからの反応が全然無い。電話の調子がおかしいのかと思ったが、少ししてケイの声が聞こえた。
「・・・・・・逃げて・・・くだ・・・さ・・・」
通話はここで終了した。
「おいケイ!どうした!?なにがあった!?」
ケイの今にも息絶えてしまいそうな声を聞いて、御子柴は尋常では無い状況を察した。しかしその時にはもう遅かった。御子柴の身体が赤信号である横断歩道へと向かう。誰かに背中を押されたのだ。誰が押したのかを確かめるために身体を後ろに向けようとした時、御子柴は大型トラックに思い切り轢かれ、その身体が大きな衝撃音とともに空に舞った。
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御子柴の背中を押した“犯人”は、彼が轢かれるのを確認すると、さり気なく人混みから離れた。
「彼を殺すのはお前じゃない、俺だ。」
松山 孝則は笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
Chapter4
― ダークナイト・バンケット ― 完




