第47話 純粋な少女の想い
「殺された・・・?」
「・・・そう。私たちの両親は2人とも殺されたの。」
麗華は言う。ミツルは思いもよらない事実に衝撃を隠しきれなかった。両親を亡くした人はいるかもしれないが、殺された人なんてそうはいないと思ったからだ。そんな劇的な過去を持つ人が目の前にいるだなんて想像もしていなかったからだ。
「その日、私や英知、姉さんたちは用事があって、家に父と母の2人しかいなかった。用事が済んで帰ってきたら、2人は腹から血を流して死んでいた・・・。私が最初の目撃者で、目の前で死んでいる2人の前で、パニックになった私は1人で錯乱していた。恐ろしくて、悲しくて、感情が全く追いついてこなくて、どうしたらいいのかわからなくて、喉を枯らして泣いていた。」
淡々と過去を松山に打ち明ける麗華の顔は、冷静さを保ってはいるが、内心は怒りと悲しみに満ちあふれているような感じがした。
「私が家に帰ると、麗華が泣いていて、その目の前には父と母の変わり果てた姿があったの。私は急いで救急車を呼んだのだけれど、その時にはもうすでに、2人に脈はなかった・・・。」
優しい顔だった芽奈が、真剣な顔で言う。無理もない。これは笑って話せる内容なんかじゃないのだから。
「2人の死因は出血多量。この家の財産目的で進入してきた強盗が、2人を脅して金品を奪った挙句、持っていたナイフで刺して殺して逃走した。落ちていたナイフが証拠となり、すぐに逮捕されたのだけれど、これらのことを事情聴取した警察から伝えられたとき、私は初めて他人の死を願ったわ。」
麗華の口調は次第に感情的になり、怒りをぶつけるかのように言い放ち始めた。
「金のために、自分勝手な理由で人を・・・私の父と母を殺した犯人を私は心から軽蔑し、憎み、心からこう思った。
『人殺しなんて、死ねばいい。』って。
だってそうでしょう!?人を殺した人間が生きていていいなんておかしいじゃない!?しかも金が目当てだなんて、下劣にも程がある・・・!生きる価値もない!だから裁判が始まってから、私はずっと死刑判決が出るのだと信じてやまなかった。死刑になって当然だと。それ以外の判決はあり得ないと。でも、実際に下された判決は・・・」
麗華は言葉を詰まらせ、下を向く。それは、今にも泣き出しそうな声だった。
「懲役2年6ヶ月!刑事責任能力が欠落しているという理由で、死刑どころか大して重い罪にすらならなかった・・・!なんで、どうして!?どうしてそれだけの理由で、人を殺した人間が重い罪を免れるの?なんでそんな人間が2年半の懲役で許されるのよ!!?
ねぇ、間違っていると思わない松山先生・・・?まっとうに生きている人間が殺されて、人を殺した人間がいけしゃあしゃあと生きているだなんて間違ってるよね!?先生・・・私、どうしたら・・・」
涙を流し、震えた声で訴えを言い終えた麗華は、急に電池が切れたかのようにミツルの膝に倒れ込んだ。恐らく激しい疲労により気を失ったのだろう。
「・・・ごめんなさい松山先生。こんな重い話になってしまって。」
芽奈は無理矢理作ったかのような笑顔で、ミツルに謝罪する。
「いえ、私がデリカシーの無いことを言ってしまったのが悪いんです。責任は私にあります。申し訳ありません。辛いことを思い出させてしまって。」
元はといえば、この話はミツルの何気ない言い間違えから始まってしまったのだ。自分のせいで彼女らに辛い過去を思い出させてしまったのだ。ミツルも当然の謝罪をする。
「・・・麗華姉さんね、5年前までは今では想像もできないくらい素直な女の子だったんだよ。でも、母さんたちが死んでから、自分の心に蓋をした、プライドの高い人になっちゃったんだ。まるで、その過去を振り切るかのようにね。それで、麗華姉さんは、今は身内以外の人とほとんど話さないんだ。生徒や教師とは必要最低限の会話だけ。
だから、麗華姉さんがこんなに素直に話せる松山先生みたいな人は珍しいんだ。たぶんきっと、先生には特殊な何かが備わってると思うんだよね。まぁ、何て言えばいいか分からないけど、大事にしてあげてね。」
英知が突然語り出す。何を急に言い出したのだろかと思ったが、ミツルはこれを、重い空気を和らげることと麗華のフォローを目的とした英知の気遣いであると酌んだ。まったく、つくづく意味の分からない奴だ、と心の中で笑った。
「・・・あの、これ以上お邪魔するのは悪いので、私はそろそろ帰ります。」
ミツルはそう言って席を立つ。しかし、ふと大事なことを思い出した。
「あ、なんで私がこんな怪我をしたのか、結局言ってませんでしたね・・・」
そう。ボロボロの教師がこの家にやって来た理由を、この家の住人に話していなかったのだ。
「いえ、大丈夫です。話は麗華から聞いておきますから、くれぐれも体のことを第一に考えて、気をつけてお帰り下さいね。」
芽奈が優しく微笑む。その笑顔で、重い空気が一気に癒やされるような気がした。
「まぁ松山先生は、あの麗華姉さんが連れてきた人だから心配ないよ。僕は麗華姉さんを信じてるから。とりあえず、気をつけて帰ってね松山先生。」
英知も、とくにミツルを疑うことはしなかった。そうして2人の見送りを受けたミツルは、一礼してリビングを出た。
「・・・いい子達でしょ、みんな。」
リビングを出ると、廊下の隅で腕を組みながら壁に寄りかかっている長女・雪乃に声をかけられた。それは先ほどの酔っ払いとは思えないほどの佇まいだった。
「そ、そうですね。」
全く予想していなかった状況に、戸惑いつつ肯定の言葉を放つ。
「なんてったって、私の妹達だしね。」
「は、はは・・・」
なんてったって、の意味がよく分からないが、とりあえず苦笑いで返した。そして、雪乃に対して1つの疑問を投げかける。
「あの、先ほど酔っ払っていましたよね・・・?」
「ふふっ、あの子が“あの話”している時に、バカみたいに酔ってなんかいられないわよ。なんてったって、あの子のお姉さんだもの。」
いまいちよく理解はできないが、先ほどの“なんてったって”よりは、まだ分かるような気がした。
「英知の言うとおり、あの子は普段は素直じゃない。だからこそ、1人で抱え込んでしまうこともある。そのときは、あの子が信頼している『アナタ』が助けてあげてね。」
雪乃はそう言い残して、2階へと上がっていった。その背中を見送ると、ミツルは清波家を後にした。
―――――
わずかに残る腹部の痛みに耐えながら、ミツルは1人夜道を歩く。今日の出来事を振り返りながら。その中から、ミツルの頭に“1つの言葉”が何度も繰り返し響いていた。
―人殺しなんて、死ねばいい。―
俺は麗華のいう「死ねばいい人殺し」である。しかも強盗殺人という点において、麗華の恨む犯人と同じカテゴリーに含まれる人殺しだ。人殺しがいけしゃあしゃあと生きているのは間違っているとも言っていた。そんな彼女の刺さる言葉を受け、胸が張り裂けるような気持ちになった。
麗華の姉弟によると、どうやら俺は彼女に信頼されているらしい。しかし残念ながら俺は彼女に信頼される価値も無い人間だ。むしろ逆。彼女に軽蔑されるべき人間だ。そんな正反対な認識をしている麗華を、なんとも可哀想に思う。
――麗華よ、果たして君は、本当の俺を知ったとしても、今と変わらず信頼し続けてくれるのか・・・
ミツルは正解を予想できない疑問を頭に浮かべては、おぼつかない足取りで歩く。
1人では抱えきれない感情を胸に。
Chapter3
― 人殺しなんて、死ねばいい。 ― 完




