第42話 心から尊敬する
「君たちの気がおさまるまで俺を殴ってくれて構わない!だけどその子だけは・・・その子だけには手を出さないでくれ・・・!」
ミツルの叫び声が倉庫に響き、それにより一瞬、謎の間が生まれた。皆、ミツルの意図を読み取れず戸惑っている。彼らからしたらこれは絶好の機会だ。恨みの対象が殴ってもいいと言っているのだ。これはあまりにもノーリスクハイリターンな提案なのだ。それだけに、何か裏があるのではないかと、安易に動け出せないでいるのだ。しかし、キレているあの男は、そんなことを考えられる状況になかった。ゆえに、動き出す。
「あっはははははは!こいつはいい!追い詰められてとうとう頭がおかしくなりやがった!!いいぜぇ、じゃあお望み通りタコ殴りにしてやるよ!!!!!」
そう、この男は狂っている。話の合わない先輩に鉄球をぶつけるほど狂っているのだ。彼は「裏がある」などと考えるキャパシティを持ち合わせていないのだ。
「いくぞてめぇらァァァァ!!!!やっちまえぇぇぇぇ!!!!」
この男のかけ声とともに、クレイジーデッド全員が動き出す。
「うおおおおおお!!!!!」
30人ほどの男達が一斉にミツルの元へと走る。ミツルは動かない。逃げ出す素振りもせず、黒の軍勢がこちらに向かってくるのを、ただ動かず待っている。
ミツルはふと、麗華の方に視線を向ける。凄惨な光景の前に、目を背けているかと思ったが違った。彼女は、涙を流しながら、こちらをずっと見つめていた。本当は見たくないであろう、乱暴なものから目を背けること無く、ただただミツルのことを見つめていた。この時、とても絶望的な状況にも関わらず、ミツルはどこか救われたような気分になった。そんな麗華の方を見つめながら、ミツルは思わずつぶやいた。
「・・・ありがとう。」
なぜ感謝の言葉が出てきたのかは分からない。なぜ麗華が目を背けていないのかも分からない。世の中は分からないことばかりである。そんな残酷な世の常を噛みしめながら、ミツルは黒の軍勢に飲み込まれた。
男達は無抵抗のミツルに対し、怒りの感情にまかせて殴る蹴るを繰り返す。血が流れる。耳を塞ぎたくなるような音が響く。しかしミツルは悲鳴1つあげずに、彼らの暴行をただ許容していた。これは昨日自分がやったことの贖罪だ。これでいい。これで新たな争いを生まなくて済む。ここで終わり。こいつらの怒りはここで終わるんだ。もう2度と、麗華に関わらない。俺が彼女に関わると、きっとまた嫌な思いをさせてしまう。それでいい。それが1番いいんだ。
殴られながら色々なことを考えていたミツルだったが、やがて何も考えることができなくなった。
―――――
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと具合悪いだけだから、すぐに良くなるわ。」
「すぐに良くなる、って先週も言ってたよ。一体いつ良くなるの?」
「そうだったっけ?まぁあと少しで良くなるから、もうちょっと待っててね。大丈夫だから・・・」
―――――
「・・・母さん?」
「・・・松山先生!!」
「・・・あ」
謎の夢から覚めると、ミツルは仰向けで倒れていた。その目の前には涙を流しながら名を呼ぶ麗華の姿があった。いつの間にか倉庫の中にはミツルと麗華の2人以外誰もいなくなっていた。
そうか、もうクレイジーデッドによる報復は終わったのか。どれだけの間殴られ続けたのかは分からないが、身体に多くの傷と痛みが残っている。死にそうというわけではないが、元気というわけでもない。また、右腹部以外に、骨が折れている感じもない。なんだか不思議な感覚だった。あれだけの人数から暴行を受けたにしては傷がそれほど深くないのだ。
「・・・松山先生、大丈夫ですか!?」
ふと考えるのをやめる。涙を流しながら心配をしている麗華を安心させる方が先であると思ったからだ。
「お、俺は大丈夫だよ・・・。それより、清波さんは大丈夫?」
「わ、私は大丈夫です!!全然怪我もしてないし!」
「そうか・・・よかったよ。」
ミツルは軽く微笑む。しかし、麗華は少しも笑むことなく続ける。
「・・・全然よくないですよ!!先生がどれだけ殴られたか・・・どれだけ傷ついたか・・・!!私のせいで・・・」
「・・・君のせいなんかじゃないよ。悪いのは俺なんだ。さっきも言ったろ・・・、君の思っていた通り、俺は昨日乱暴なことをしたんだ。ただ罰が当たっただけなんだ。俺は、最低な人間だからね・・・」
ミツルは一切の嘘なく、麗華に改めて真実を告げる。
「・・・そんなことない。あなたは最低な人間なんかじゃない!」
「なぜだ、俺は君の嫌いな乱暴なことをしたんだぞ。その上、目の前で凄惨な光景も見せてしまった。」
「・・・たしかに。私は乱暴な人が嫌い。そして嫌なものも目の前で見た。でも・・・でも・・・」
「あなたは彼らに暴力を振るうことなく私を助けてくれた・・・。あなたが身を挺して私を助けてくれた・・・。昨日あなたは乱暴なことをしたのかもしれない。でも、今のあなたは、どんな誰よりもすっごく優しいから・・・私はあなたを最低な人間だなんて思わない。私を助けてくれた、優しい今のあなたを信じたい・・・!そんなあなたを、私は心から尊敬する・・・!ありがとう・・・!!」
「・・・こちらこそありがとう」
純粋な麗華の言葉に、ミツルは感謝するとともに目頭が熱くなった。傷ついた身体に、麗華の涙が滴っては染みる。
ここは夕暮れ時のとある倉庫。傷だらけの教師とそれを見守る女子生徒の姿が、そこにはあった。彼らは互いに涙を流しながら、嬉しそうに、悲しそうに微笑んでいた。




