第41話 最適解 B
黒沢は声をあげることなく床に倒れ込んだ。再び麗華の悲鳴が聞こえる。鉄球が飛んできた方を見ると、恐ろしい形相の男がもう1つ鉄球を投げようとしていた。
「やめろ!!死んじまうぞ!!」
ミツルは痛む腹部を押さえながら、咄嗟に立ち上がり叫んだ。
「うるせぇなぁ・・・。てめぇ、他人の心配してる場合かよ・・・」
男がつぶやく。声色から察するにこの男、キレている。まるで昨日の自分を見ているかのような気分になった。
「いいぜ、じゃあこの鉄球はてめぇにぶつけてやるよ!!!」
そう言うと、男は鉄球をミツルに対して思い切り投げつけた。
「ちぃっ・・・!」
だんだん体力が回復してきたミツルは、飛んできた鉄球をなんとか回避する。
「てめぇ、いい加減にしろ!」
「へっ、まだ元気があるのかぁ。なかなかタフな教師だな。」
笑っている。人に鉄球を何発も投げておいて笑っている。既に頭のネジが何本か抜け落ちているのであろう。自分が言うのも間違っているかもしれないが、こいつほどの外道を見たことがない。
こいつは絶対に許さない。鉄球を投げつけたことも当然だが、なにより。・・・なによりこいつは、女に凄惨な光景を見せつけた。それも、乱暴なことが大嫌いな女・麗華に、何度も悲鳴をあげさせた・・・。
殺す。こいつだけは絶対に殺す。二度と笑えないように息の根を止めてやる。そして、ここにいる麗華と黒沢以外の全てを殺す。後悔する暇も与えずに・・・
ミツルは本当に彼らを皆殺しにしようとしていた。今すぐにでも立ち上がり、処刑を始めようとしていた。しかしその前に、ある1つの「問い」がミツルの頭の中に浮かんだ。
「それで本当によいのだろうか?」
たしかに、ミツルと麗華がここから生きて帰るためには、殺すまでいかなくても暴力は必要となる。しかし、本当にそれでよいのであろうかと考えてしまう。既に麗華には見たくないものを目の前で見せてしまっている。乱暴なことを嫌う麗華の前で、乱暴な手段で事を解決することは、教師として正しいことなのだろうか。
自分は本当は教師ではない。それどころか人を殺した大罪人だ。そんな人間ではあるが、珍しく数少ない教師としての経験・人との関わりの中で少しずつ、元々持っていたミツルの善良な心が蘇りつつあるのだ。遠い昔に失った善良な心を。それゆえにこの時のミツルは、誰よりも教師らしい教師の姿をしていた。
そして、その信念に従って、ミツルは1つの解決策を見いだした。これ以上無駄な争いを生まない、もっとも最悪の手段を。
「・・・かった。」
「あァ?」
ミツルは小さく呟いた。その手段によって自分が受けるダメージがどれほどになるだろうかと考えると、身体が震えて、はっきりと言い出せない。しかし、なにかを大事なものを捨てるかのような勢いで、ミツルはちっぽけな勇気を振り絞り、大声で叫んだ。
「悪かった!!俺のしたことは許されることじゃない。謝ったってどうにもならない。だから俺はもう君たちに暴力は振るわない!君たちの気がおさまるまで俺を殴ってくれて構わない!だけどその子だけは・・・その子だけには手を出さないでくれ・・・!」
ミツルが出した決断。それは過激な感情に流されることなく、あくまで麗華のことを思いやった1番有効で1番危険な手段であった。




