第32話 伝説を紡ぐ英雄
「またお友達を殴ったの?」
「だって、うざいんだもん。」
「うざいからって殴ったらダメ。じゃあミツル、あなたが殴られたらどう思う?」
「・・・いたい。」
「そうね、きっとお友達もそう思ってるわ。さぁ、一緒に謝りにいきましょう。」
「・・・うん。でも、ゆるしてくれるかな・・・?」
「大丈夫よ。お母さんがついてるからね。」
―――――
「・・・はっ!?」
ミツルは目を覚ました。そして5秒ほど周囲を見渡し、自分が保健室のベッドに横たわっていることに気がついた。
「・・・夢か。」
「あっ!荒川先生!松山先生が目を覚ましましたよ!」
部屋の奥の方から声が聞こえた。これは清波の声だ。
「先生大丈夫ですか!?痛いところはありませんか?」
そう言って清波はミツルの身体を大きく揺さぶる。お前の揺さぶりが一番痛いのだが・・・。
「いや、別に大丈b・・・」
「松山先生ぇぇぇぇぇんんん!!!!!」
「はうあっぁ!!??」
今度は部屋の奥からモデルミが走ってきて、横たわっているミツルを思いっきり抱きしめた。それはハグというより、もはや鹵獲レベルの力の強さである。
「大丈夫ぅ?怪我してないぃ?」
「ふがががががが・・・」
アンタのデス抱擁のせいで怪我しそうなんですが・・・。ていうかその前に死にそうなんですが・・・。
そんなやりとりが5分ほど続いた後、ようやくミツルは水を飲むことに成功し、一息つくことができた。そして、現在に至るまでの経緯を確認しようとした。しかし、それはできなかった。
彼にはあの「惨劇」の時の記憶が残っていなかったのだ。だから、クレイジーデッドと話をしたあと、「自分が何をしたのか」を彼自身は知らないのだ。自分がまた人を殺そうとしていたことを、彼は知らないのだ。
「はぁい、口開けて~!あ~ん!」
「あ、あ~ん・・・・・・」
一息ついてからしばらくして、ミツルはモデルミによるメディカルチェックを受けていた。
「はぁい大丈夫!どこにも異常はありません!お疲れ様でしたぁ!」
・・・といっても別に大きな怪我はなかったので、すぐにチェックは終了した。しかし、一応大事をとって今日は保健室で寝泊まりすることになった。主にモデルミの意向で。
―――――
ここから先は回想。メディカルチェックを受けてから得た、今回の件についての情報を簡単に回想の中で語ることにする。
このあと保健室に警察官がやってきた。ミツルは最初、自分を逮捕しに来たのかと思ったが、警察官は彼を逮捕することはせず、むしろ満面の笑みでミツルと握手を交わした。
そしてこう言った。
「この度は、この学校の不良グループの内部抗争阻止に協力していただき、感謝します!」
ミツルは、この警察官が何を言っているのか理解できなかった。内部抗争?阻止?頭の中にクエスチョンマークが右往左往していた。
警察官からの簡単な事情聴取に曖昧に答えると、警察官は帰って行った。
状況がいまいち把握できていない中でミツルが再び横たわっていると、部屋の奥の方で清波がモデルミに「松山先生の武勇伝」を自慢げに語っているのを、偶然耳にした。その武勇伝の内容はこうだ。
「クレイジーデッドは、グループの中で最も強い者を次のリーダーにしようとしていた。グループ内で力を比べ合っていたのだが、なかなか決まらないので、リーダー候補の中で本気の殴り合いをして、最後まで立っていられた者をリーダーにすることにした。それで、偶然近くにいた清波に乱暴な方法で無理矢理判定員をさせ、彼らは音楽室で殴り合いを始めた。それが想像を絶するほど凄惨な殴り合いで、開始早々気を失う者もいた。清波がその惨劇に目を背けていると、突如音楽室の扉が開いた!そこには救世主「松山先生」がいたのだ!!彼は身を挺してクレイジーデッドどもの殴り合いを止めたのだ!!なんとか殴り合いは収束したが、松山先生は気を失ってしまった。下手したら死人が出るかもしれなかった殴り合いを止められて安堵したためであろう。なんと名誉ある功績だろうか。」
もちろんこれは全くのでたらめ。しかし清波もまた、そのときの記憶がないのだ。経験したことのない激しいショックによる記憶障害と、清波の痛々しい感性が、そのようなチープな武勇伝を生み出したのだ。それが偶然音楽室を通りかかった教職員に伝わり、学校中の教職員に伝わり、そして警察にまで伝わったのだ。
また先ほどの警察の事情聴取の中で分かったことなのだが、今回の抗争の中にいたクレイジーデッドのメンバー全員は血まみれで、もれなく重傷であるそうだ。そして、それと同時に学校側が黙認していた、彼らのこれまでの悪行が警察に伝わり、クレイジーデッドのこれ以上の活動は警察直々に法律的に規制されることが判明し、事実上の壊滅となった。
かくして、松山孝則はクレイジーデッドの壊滅を一切の死者を出すことなく達成し、学校の闇を消し去ったという勇気に、学校中および警察から大きな賞賛を受けることになった。それが全くの偽りであると、誰も知る由もなく。
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そして一夜明け、ミツルは今、全校生徒の前に立っている。全校集会だ。昨日の件で緊急の全校集会が行われたのだ。みな、クレイジーデッドを壊滅させた英雄を、まるで有名アーティストのライブのような歓声で讃えている。とくに女子達の声がすごい。「かっこいーー!」とか「ありがとー!」とか。
色々と状況の整理ができていない。なにが本当で、なにが偽りなのかなんて全く想像もできない。夢か現実か、それすらもはっきりしていない。果たして自分はどのように振る舞えばいいのか、胸を張ればいいのかそれとも消極的であればいいのか。なにもわからない。わからないが、これだけは言える。
「嗚呼、なんて素晴らしい高校教師生活なんだろう・・・!」
主に女子達の賞賛を受けて、ミツルは心の中でそうつぶやいた。
Chapter2
― 嗚呼、素晴らしき(偽りの)高校教師生活 ― 完




