第107話 禁断の甘い果実
松山は小走りで麗華のもとにやって来た。
「おお麗華、目が覚めたか。」
「は、はい、つい先ほど。」
「どうだ、調子は。」
「暑いですが、それ以外は異常はありません。」
「そうか、よかった。」
異常がないと分かり、安心した表情になった松山に対し、麗華は申し訳なさそうな表情になり言う。
「あの、松山先生、今回はその、先生や他のみんなに迷惑をかけてしまって本当に・・・」
「大丈夫だ麗華、お前は悪くない。」
麗華が謝罪を告げ終わる前に、松山が言葉を挟んだ。謝罪を遮られた麗華は、いまいち彼の言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。
「え、悪くないって何でですか。私は先生を殴って、顔が腫れるまで殴ったんですよ・・・」
麗華の言葉に、松山は顔をおさえている保冷剤を隠して言う。
「その、ちょっと前に俺も暴走したからさ。」
「クレイジーデッドの時ですか。」
その『暴走』が、松山就任の翌日、捕らえられた英知を助ける際にクレイジーデッドを壊滅させたことを指していることは麗華にも容易に理解できた。松山は頷く。
「無意識のうちに暴走したことは俺にもある。その気持ちも・・・お前の辛い気持ちも十分に分かるつもりでいる。だから、今回のお前の暴走はそれでチャラってことでいいんじゃないかな、って思って。」
麗華は呆れていた。なんでこの人はここまでお人好しなんだろう、と。そして、尊敬していた。なんでこの人はここまで素敵なんだろう、と。そこの謎に、麗華が松山に惹かれる理由が秘められているのだと彼女自身は理解していた。
「まぁ、謝るのなら、俺じゃなくあの2人に謝ってくれ。」
「え、あの2人?」
「英知と刹那だよ・・・、ってあと天海もいたか。」
「まぁ、先生ったらひどい」
許し合った2人の笑い声が響く。よかった、また松山先生と普通に話すことができて、と麗華は何気ない当たり前の景色を心から尊んでいた。
ここで麗華は、ちょっと聞きづらいことを聞こうとする。もう終わったことなのだから、それは別に聞かなくてもいいことだとは分かっている。聞いたからどうなるとか、そんなことは考える必要はないと思っている。でも、一応聞いておこうという「余計」な気持ちが麗華を満たしてしまったのだ。これは悪霊でもレイカのせいでもない、歴とした自分の意思であるという自信をもって口を開く。
「松山先生は、どうして私にキスをしたんですか。」
聞くやいなや、麗華は目線を松山から逸らす。少しして目線を戻すと、松山の顔が赤くなっていることに気付いた。
「・・・。」
「・・・。」
牽制しあっているのか、先に銃を抜いた方が負けなのか分からないが、沈黙を続ける2人。先ほどまでの良い空気から一転、真夏にもかかわらず凍り付くような空気になってしまった。
何を思ったのか麗華、ここで更に余計なことを言おうとしてしまう。追い打ち、死体蹴り、どの表現を使うのが適切なのかは不明だが、とりあえず彼女は更に責めた質問をすることになる。
「私のこと、好きだったりします・・・?」
私はバカだ。麗華は言った瞬間に後悔した。自意識過剰とも取れる自らの発言に愚かさすら感じていた。
こんなことを聞いて状況が改善されるとでも思ったのか、案の定不変。変わることのない沈黙。むしろ、もっと沈黙を悪化させてしまうことになってしまった。
麗華はこの状況を打開することを諦めた。具体的にいうと、
「あ、あ、あの、や、やっぱりいいです。今の聞かなかったことにしてください!」
そう言って松山のもとから走り去ったのだ。右足を傷めているとは思えない足の速さであった。
ひとり取り残された松山。麗華が遙か遠くに行ったあとに、誰に伝えるわけでもなく、ただ小さな声で言った。
「嫌いじゃない、ってのは『好き』ってことになるのかな・・・」




