第106話 Secret distance
麗華が松山の来訪をひとり緊張しながら待っている頃、刹那は痛む頬を冷やしながら校舎の屋上にてひとり黄昏れていた。夏の日差しは暑いが、屋上に吹く風はとても心地よく、身体的に丁度良いくらいの居心地を感じていた。
「悪くない夕暮れだな。」
綺麗で壮大なオレンジ色の世界に、刹那の瞳は煌めく。
「後ろの邪魔者を覗けば、だがな。」
刹那はため息をつき、後ろを振り返る。そこには恐る恐る立ちすくむ英知の姿があった。
刹那は蔑むような眼差しで言う。
「で、何の用だ?」
「え、あの、その・・・」
先ほどまでの威勢のよさはどこへ行ったのか、英知はおろおろと口から動揺の声を漏らす。その様子にイラつきを感じ始めた刹那は、しびれを切らす。
「何の用だよ!!」
刹那が柄にもなく怒鳴ると、英知は弱った犬みたいに縮こまってしまった。きりが無いので刹那のほうが折れることにして、優しめの口調で同じ事を問う。
「はぁ、だから何の用さ。」
しっかり目を見て話そうとする刹那。それに気付いた英知は、視線を逸らしながらも少し勇気を振り絞って言った。
「その、悪かったよ、刹那・・・」
英知が謝った。刹那もバカではないので、その理由は容易に分かる。しかし、刹那も素直ではないので、その理由を問いただす。
「え、何。何で謝ってるの?いったい君は私に何をしたというの?」
煽る。刹那、渾身の煽りである。普段ならムキになって言い合いを始めるところなのであろうが、英知は少し苦い顔をしただけで、普通にその煽りに応えた。
「その、正々堂々の勝負で、お前に向かって砂を・・・」
「『お前』ぇ??」
刹那、更に煽る。しかし依然として英知は苦い顔のまま、煽りに応える。
「お、せ、刹那さん・・・に砂を投げつけて、それで、姉さんがキレて、暴走して、刹那さんを傷つけて・・・」
「・・・」
「あの・・・」
英知が気付くと、刹那は俯いていた。泣いているのか、心配に思った英知は恐る恐る刹那のもとに近づく。仕方が無い、あんなことをしてしまったのだから。英知の心は後悔と謝罪の気持ちでいっぱいだった。
英知と刹那の距離、わずか3メートル。近いようで遠い立ち位置で、英知は歩みを止めた。
「あの、刹那、本当にごめ」
「っふふふ、あはははは!!」
「せ、刹那?」
ここで刹那が爆笑する。突如顔をあげ、大爆笑する彼女の素の姿に、英知は為す術無く戸惑ってしまった。
「な、なんだよ、何笑ってんだよ・・・」
「だ、だって、あんたがあんまりにも真面目な顔で謝るもんだから、お、おっ、おかしくてさぁ・・・!」
「くっ・・・」
弄ばれている自覚の芽生えた英知は、えも言われぬ羞恥心に襲われた。何も言い返せなくて「こっちは真剣に謝ってんのに」と顔を横に向け、小さな小さな声で呟く。
しばらくしても、まだ爆笑まっただ中の刹那を無視して、英知が口を開く。
「というわけでだな、今日の勝負は僕たちの負けだ。」
英知の発言に、刹那は急に静かになった。
「え、なんでそうなんのさ。今んとこ1勝1敗だろ。」
「いや、第3試合は僕たちの反則負けってことで、僕たちは1勝2敗。2勝1敗で君らの勝ちだ。」
「・・・あっそ。」
解せない表情をしながらも、刹那は自分たちの勝利を認める。中止になった4番勝負に、勝ちも負けもないような気がして、素直に勝利を喜ぶことができないのだ。
「で、男に二言はない。SeReKaは正式な同好会になるのを諦めるよ。これはリーダーである僕の意思だ。きっと2人も分かってくると思うよ。それじゃ・・・」
言いたいことを言い終え、英知はこの場を去ろうとする。未練が残っているのだろうか、その背中は震えている。しかし、口約束とはいえ、あくまで約束を履行しようとする英知の覚悟は、一切の曇り無く、男らしいものであった。
「待って。」
刹那が英知を呼び止める。英知は立ち止まり、振り返る。
「なんだよ、まだ何かあるのか。」
「えと、なんだ・・・」
先ほどの状況から逆転して、今度は刹那が言葉を濁す。しかし英知はとくに何も言及することなく、ただ刹那からの言葉を待っている。
刹那は軽く深呼吸して、口を開く。
「その、SeReKaの設立、別に諦めなくていいよ。」
優しい素の口調に驚きつつ、刹那の発言に反論する。
「え、なんで・・・?」
「そ、その代わりにさ―――」
「―――私と付き合えよ。」




