第103話 世界を止めて
「麗華!!!」
松山は麗華の前に姿を現わし、麗華の名を呼んだ。理性を失っている彼女の前に姿を現わすことは、彼女の殲滅対象に入ることを意味する。松山のこの行動は勇気というより無謀であるように見えたと、遠くから離れたところで立ち尽くしながら、英知は思った。
「松山・・・先生・・・!」
麗華は松山の姿を認識した。しかし彼女の身体は止まらない。暴走する麗華は、松山に対して走り出す。目に入る者を全て叩きのめすために。それが、恋い慕う松山であるとしても。
「来い、麗華!!」
「ああああああ!!!」
松山は構えた。まるで麗華の吶喊を、彼女自身でも制御できぬその力を受け止めるかのように。
「お前も・・・敵かぁぁぁ!!!」
麗華が松山強襲の射程距離内に入った。と同時に、麗華が松山の腹部にむけて拳を振り上げる。
「ああああああああ!!!」
大きく叫び声をあげたあと、振り上げた拳を叩きつけた。
「ぐあぁぁぁああっっ!!!!」
「!?」
松山を殴ったはずが、何故か刹那が腰を押さえて地面に伏し、苦しんでいる光景が麗華の目の前に映る。それが、走って向かってくる麗華から、松山を庇った結果であることを麗華はしばらく経って理解した。
「刹那、お前・・・なんで。」
「へっ、ミスター松山よぉ、1人でカッコつけようとしてんじゃねぇよ。」
「別に、そんなつもりじゃ・・・」
「分かってるよ・・・。何か策があるんだろう。そうじゃないと、わざわざ麗華殿の前に出てくるわけがない。」
「策があるって思ったのなら、何でお前はわざわざ俺を庇った・・・?」
そう問われた刹那は、苦しそうな顔をしながらも僅かに笑顔を浮かべて答えた。
「意味はないよ。でもさ、私は今日の戦いで1回もチームの2人の役に立ててないんだ。だからってわけじゃないけど、何も出来ないままってのは、やっぱり嫌なんだよね・・・。」
松山は察した。刹那自身が招いたこの4番勝負であるにも関わらず、松山や麗華に協力してもらっているにも関わらず、自分は何も貢献できていない。それが悔しくて、情けない、とそう思っているのだろう。
「だから、少しでも役に立ちたくてこうなっちゃった。ごめんね、私のわがままで松山先生の邪魔しちゃって。行ってあげて、彼のもとに。」
彼のもと、というのは英知のことだろうか。刹那が松山の背後を指さしたので、振り返ると、麗華を止めようとする英知の姿があった。どうりで刹那と話す余裕があったと思ったら、と松山は納得した。
「英知、お前・・・」
「目を覚ませ、姉さん・・・。あんたは女の子を・・・、刹那を殴ったんだぞ!!」
怒っている。あの英知が怒っている。初めて見る英知の怒りの表情に、女の子を殴った麗華を怒り、立ち向かう彼の姿に、英知という人間は歴とした男であったのだと松山は感じた。
「お願い松山先生、麗華さんを助けてあげて・・・」
いつしか素の表情を見せる刹那は、そう言うとゆっくり目を閉じた。気絶したのであろう。
「ぅがぁっっ・・・!」
そして、とうとう倒れてしまう英知。一方の麗華は疲弊する様子も見られない。英知が弱すぎるのか、麗華が強すぎるのかは分からない。が、どちらにせよ麗華は止めなければならい。それをやるのは俺だと、松山は確信していた。
「・・・ありがとう、英知、刹那。」
勇敢に立ち向かった2人の覚悟に敬意を払い、松山は目の色を変えた。
「麗華、今度こそ、来いッ!!!」
「・・・あぁぁぁあぁ!!!!」
麗華は再び松山に向かって走り出した。松山も再び構える。倒れた2人の精神を、無駄にしないためにも。
「きぃゃあああああああ!!!!」
「うぐぇぇぇっっ!」
左頬に渾身の左ストレートをキメられ、痛恨の声をあげる松山。しかし、彼は麗華から目を一切逸らさなかった。抵抗することなく、ただ一方的に殴られる中でも松山は真剣に麗華の目を見つめていた。戻ってこい麗華、と言わんばかりの決死の眼差しで。
「お前も敵・・・、敵は死ねっ、死ねっ・・・!!」
麗華の心は未だレイカに操られている。乱暴な口調でただ目の前にいる松山を殴り、蹴っては、また殴り続ける。
『・・・。』
麗華は心に抗えぬまま、考えるのをやめた。
松山が傷ついているのは分かっている。それでも止まらないのだ。それでも彼女の器はレイカを受け入れ続けているのだ。否定された麗華に、もはや為す術はない。彼女にできることは何もない。ただ委ね続けるしかなかった。その凶暴な精神に。
「あ・・・が・・・」
止まぬ暴力の応酬に、耐えられなくなってきた松山はとうとう押し倒されてしまった。それでもなお、麗華は松山の上半身にまたがり、顔面を殴り続ける。
「ごめ・・・な・・・い・・・。ごめんな・・・さ・・・い・・・」
薄れゆく意識の中、松山は耳にした。麗華が殴り続けながらも、小さな声で謝り続けていることを。そして目にした。麗華の目から大量の涙が流れ落ちていることを。
「・・・大丈夫だ、麗華。」
麗華の耳に届くかどうか分からない、小さな声で松山が呟く。すると松山は、右手で麗華の頬に優しく触れた。そして目を閉じ、ゆっくりと彼女の頬を自分の顔に近づける。
「ありがとう。」
そう言うと、松山は麗華の唇にキスをした。
麗華の動きが止まった。




