悪趣味な女の百合2
「そういや最近お前くらい変な趣味の女見つけたぞ」
藪から棒に篠田はニヒヒと笑いかけてくる。
この魔王とか悪魔とかと呼ばれる女と、曲がりなりにも仲良くなったのは数か月前からだ。
私はストーキング、こいつはスプラッタ映画という趣味の悪さが共通している。
ただ趣味が悪いという理由で仲良くなったわけではないのだが、篠田はどうやら私が変な趣味の奴にこだわっていると思っているらしい。
……いや、実際変なやつがいると言われれば、興味が生まれる。興味が出たら短期間ストーキングしてその人となりを見たいと思う。こいつと一緒にいると自分の趣味の悪さを痛感させられるが……
「なんて奴?」
気になるものは気になる。
「河部時雨、隣のクラスで背高くて、目が真ん丸で愛嬌のあるやつ」
「ふーん……ちょっと調べてみる」
「おおこわ! お前目が完全に仕事人になってたぞ!」
ぎゃははと心底楽しそうに篠田は笑う。豪快で派手な性格だが、私の興味がそそることを教えてくれるようになった辺り、仲良くはなれているのかもしれない。
別に、そこまで親密になりたい相手でもないけれど。
―――――――――――――――――
河部時雨。
だいたい篠田の言う通りの特徴だ。身長は百七十五センチ、バスケ部の幽霊部員で基本的にクラスの友達と駄弁って放課後ギリギリまで遊んでいる生活。
成績はそんなに良くないが、運動神経は抜群。爽やかなスポーツマンのようであるが、愛嬌のある目はくりくりしてて女の子らしいところがある。
調査を始めて三日になるが、別に変わった趣味などは見られないし、友達と喋っていて不審なところもない。普通の女の子だ。
篠田から何が変なのか聞いておけばよかった。彼女の家の中でのことまでは私には調べようもないし、別に軽く覗いた限りでも河部に不審な点はないし、変な音とかもしない。
ただ四日目、その日は曇り空だった。
雨が降る前に帰ろうと、普段は最終下校まで残っている彼女らも放課後になるとすぐに帰った。
家の周りに付きまとう時間も増えるし、これを最後にしようと決めたのだが――
雨合羽を身に着けて河部の家付近で張り込んでいると、何故か彼女は家から出てきた。
制服から着替えて薄い運動着姿の河部は、あろうことかザアザア雨の降る中、その姿のままで自転車に飛び乗った。
ここは、別に何もない。自転車で行けるような施設もないだろうし、雨宿りできる屋根もなければ、そもそも雨脚はますます強まっている。空の色は黒ずんでおり、雨の飛沫はアスファルトを強く打つ。
傘を刺して歩く人の姿すら見られないほど閑散としている住宅街で、彼女は何をしようと言うのか。
「あははははははは!!」
雨の音に紛れて、高らかに笑っていた。愛嬌のある河部の顔が、病んだ空とかけ離れた屈託のない輝く笑顔を浮かべていた。泣いて自棄になっているかのような、どこか儚げな姿であった。
そのまま彼女は自転車をこいで、どこかに行ってしまった。
……流石に、雨の中で自転車を追いかける手段はない。今までストーキングしてきた中で一度も考えもしなかった。
誰かの家に行くとか、出かけるわけではないのだろう。あの格好からしても、雨の中で自転車を漕ぐことが目的だと思う。
何をしに行ったか分からない以上、帰宅時間を調べることの方が重要だから、とりあえずはここで待とう。
雨の中棒立ちするのも嫌だけど――二時間、三時間、四時間と経って雨脚が弱まってきて、ようやく自転車の音が聞こえてきた。
雨が止むまでずっと自転車を漕ぐのか……呆れた。
それだけ分かれば満足だから、家に入ったら私のストーキングも終わりにするか、と思った時だった。
「ねえ」
自転車は私の前で止まった。
びちゃ、と濡れたサドルに濡れた運動着のままお尻をつけて、片足つけた河部が私の方を見ていた。
ビショビショの濡れ女は、普段の愛強ある顔と違って、身長相応に逞しい鋭い視線をしている。
バレてしまった。
「ずっとここにいました? そこ、うちなんですけど何か?」
バレた時は全て正直に話すのが一番。
「私は隣のクラスの日角まといって言います」
「ん? あ、聞いたことある。あ……あぁ~! ストーカーの! 噂になってる! マジだったんだ!」
そんなに有名である自覚はなかったけれど、説明の手間は省けたらしい。
と、同時に太陽が顔を出してきた。雲がなくなって日が出たことで、私も合羽のフードを外して顔を見せる。
それに呼応するように、彼女が頭を振って短い髪から雨粒を弾き飛ばした。
頬を伝う涙のような雨水、弾かれてきらきら光る爽やかな一粒一粒。
太陽の輝きを一身に受けた彼女は、水の入った片目を閉じながらも私に微笑みかけてくれた。
爽やかな陽の光、煌めく飛沫の中の微笑み。
「まあ、良いけどさ。あんまり変なことしちゃだめだよ」
「あっ、あのっ、私っ」
うまく声が出ない。
きらめく彼女の姿は、さながらビーナスの誕生を思わせるほどに煌めいて、私の瞳に焼き付いて離れない。
「じゃーね」
ちりんちりん、と尻をサドルにつけたまま漕いでいく彼女の後姿は、先ほどの妙な感動はどこへやら、チープで爺臭く、なんて情けなく無様なんだろうと思う。
けれどあの瞬間、水を振り払う光を浴びた彼女の姿は――しばらく、忘れられそうにない。
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「雨の日に自転車漕ぐのが趣味なんだとよ。面白いだろ」
「……ああ、まあ」
「なんだよ呆けちまって」
篠田の言葉も話半分に、私はたびたび河部のことを思い出していた。
たまに、普段の河部を目で追ったり、何かの機会に話したりできないかと思ったりもするが、別にそれで感動したりということはない。
あの日、あの瞬間だけの河部、私はそれに魅かれてやまないらしい。
私は雨の日がまた来ることを望んでいる。




