紳士な悪魔の献身
小国でありながら数年で大陸の三分の一を征服したアリーチェには悪魔に愛された王女がいた。アリーチェに征服された国々の人々は彼女と悪魔の話を伝えていく。罪深さの象徴として。
これはそんな罪深い物語――
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「ただいま、私の王女」
天蓋付きの寝台でまどろんでいた王女は突然現れた悪魔に驚いた。しかし、数日ぶりに見る悪魔は疲れているようで、王女はすぐに悪魔に駆け寄る。
「お帰りなさい、ボルケーノ。どうしたの?!」
ボサボサの髪で、疲労の色が濃い今の悪魔とは違い、王女の記憶では悪魔はいつも艶やかな髪をしていて、一部の隙も無い格好をして涼しい表情をしていたはずだ。
それがいつからこうなってしまったのか、王女の頭には靄がかかったように思い出せない。
「大丈夫だよ。君が気にするようなことは何もないから」
悪魔は王女の頭を撫でてなだめる。
王女は自分の頭を撫でる悪魔の手に目を奪われた。
「ボルケーノ。その手は?!」
王女の頭を撫でてる悪魔の手は肌の色にしては不自然なほど白い。
悪魔は急いで手を身体の後ろに隠した。
「なんでもないよ」
悪魔は誤魔化そうと微笑んだ。
悪魔の手が白いのは失ったあと、魔力の欠乏で再生が追い付いていなかったからだ。
「なんでもないなんかじゃないわ。どうしたの・・・」
言いかけた王女が止まった。頭が割れるような痛みに襲われる。
「王女」
よろけた王女を悪魔は抱きとめた。
「そんな身体で無理をしちゃいけない」
「いいえ。いいえ、・・・」
王女の首がクタリと傾ぎ、意識が闇に飲まれる。
ボルケーノ。私は知っているの。だから、もういいの。
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次に目を覚ました時、悪魔はもういなかった。王から呼び出されたのだろう。
王女は悪魔を解放する為に何をしたらいいのかを考えた。
王女は病弱だった。
それでも生きていられたのは悪魔に愛されているおかげだった。
だが、悪魔はその為に多くの代償を払うこととなった。
王女が住んでいるのは、物心ついた時から住んでいたアリーチェの王城の塔の一室。アリーチェが大陸の三分の一を征服し、父王たちが征服した国の煌びやかな宮殿に移り住んでも、王女の住まいは変わらなかったのだ。
病弱な王女は王にとって不要な存在だった。
ただ、王女の価値は悪魔に愛されていることだけといえる。
悪魔は紳士的に王女との結婚を王に求め、王の野心の犠牲となった。
外征と内征に悪魔は駆り出された。
国々は神に祈りを捧げる裏で強い悪魔と契約し、配下の悪魔や他の悪魔に自国が荒らされないようにしていた。悪魔たちは人間の思惑などあまりに気にしておらず、人間同士の争いには関知しない。しかし、契約だけは守っていた。
人間は契約外の悪魔の手下や、魔物を討伐しながら生きてきた。
王女を愛した悪魔・ボルケーノは人間同士の争いに手を貸し、攻める国と契約している悪魔に契約の続行の交渉をしたり、取引をしたり、人間の国を攻め落としたり、アリーチェに大陸の三分の一を征服させる為に身を粉にして働いた。
時には自分より格上の悪魔と戦ったりもした。
病で痛む身体を薬で誤魔化している為に王女は記憶がよく抜け落ちていた。
王女の記憶にある悪魔の姿は初めて会った頃のもの。次第に疲弊していく悪魔の姿は薬の影響でおぼえていなかった。
しかし、悪魔が自分のせいでこのような姿になってしまったことだけはわかっていた。
ボルケーノを私から解放しよう。
こんな病み衰えた私の為にボルケーノにこれ以上、迷惑はかけられない。
王女は窓際に立った。悪魔が気に入っていた長い髪が風にあおられる。
窓の下を見れば、目が眩んだ。落ちれば命はないだろう。
怖くて仕方なかった。
怖くてもやらなければいけなかった。
悪魔を自由にするにはこうするしかなかった。
悪魔が悪魔であったなら、王女はこんな決断をしなくてもよかっただろう。
悪魔は紳士的だった。
だから、悪魔は自身の命を失う危険に身をさらし、王女は決断しなければいけなくなった。
悪魔が王女を愛していなかったら、王女はとうに死んでいただろう。
だが、悪魔は王女を愛していた。
王女が生きている限り、悪魔は危険に身をさらすしかない。
私が生きている限り、ボルケーノはお父様の命令をきかないといけない。
王女は震える手で窓枠をつかんだ。下を見たらまた怖じ気付くので、目線を上に向ける。泣きたくなるくらい綺麗な青空だった。
ボルケーノを解放しなくては。
ボルケーノをやつれさせてしまったのは、私のせいだ。
窓枠に足をかけなければいけないのに、王女の身体は動かなかった。
私が死なないと。
私が死なないとボルケーノが解放されない。
何やってるの、私。
王女は自分自身を叱咤した。
足さえかけてしまえば、怖じ気付いてもバランスを崩して落ちることができる。
それでも、身体は動かない。
やっと窓枠に足をかけられたのは、窓枠をつかんでいる手の先が冷たくなった頃。目をつぶってようやくできた。
つぶった瞼の裏に見えるのは「私の王女」と微笑んで言うまだ元気だった頃の悪魔の顔。
それが王女の目を熱くさせる。
王女の異様な様子を塔の外の誰かが目にしていてもおかしくはないというのに、誰も止めようと塔のまわりには集まって来てはいない。
アリーチェにある旧王城に残された者たちは、病弱な王女を軽んじていた。
悪魔のことを気にかけて嘆く王女を黙らせる為に痛みを抑える為だと麻薬を使っていた。
やっと足をかけられても、ゆらりと王女の身体が揺れて、血の気も引けば、腰も引ける。バランスを崩した王女は窓の外に落ちた。
「ボルケーノ!!」
落ちていく王女を誰も目にすることはなかった。
落ちたはずなのに、王女の姿はアリーチェの旧王城のどこにもなかった。
落ちていった王女は悪魔の腕の中に落ちていった。
その後、二人を見た人間はいない。
王女が姿を消して一年もたつ前に、大陸の三分の一を征服したアリーチェという国は地上から姿を消した。




