夏ノ夜空二、散ル花ハ
『真夏のリハビリ企画』2作目です。
別タイトルは「良悟と真琴が一番喋った日」
夜篇は良悟サイド。
「真琴」
洗濯物を畳む女の名前を理由もなく音にした。本当に理由はなかった。どうせ会話しようとしたって当たり障りのない相槌しか打たないのをもう知ってるから。あぁ、こっち見た。見られたら用件言わなきゃなんないけど生憎そんなのない……あ、あったわ。
「何? 良悟」
「明日仕事終わったら美容室いくから遅くなる」
「はいはい」
真琴は了承の返事だけしてまたTシャツを畳み始めた。
幸せになる女だろうな、と思った。今どきのモデルみたいに綺麗な顔で、家事が上手くて、細かいところまで気が回る。だから、ここに来る前の話を少し聞いたときはよくわかんない感情だった。絵の具が混ざり過ぎて何色って言えないような。
ヴィータを操作しながらクイーンサイズのベッドに寝転がっていると真琴が隣に潜り込んできた。右腕に真琴の頭が当たりそうだったから仰向けになった。夜中だからか真琴はもう瞼も閉じている。
「今日、涼しかったね」
「そう? 外出てねぇから知らね」
「明日何時になるの?」
「わかんね、連絡するわ」
「ん……」
眠気で蕩けた声は、思ったよりもエロかった。
いつも通りデイサービスの仕事を終えた。そういえば今日は近くで花火が見られるらしい。光江さんが「孫が彼女と一緒に行くのよ」と言っていた。あのマンションからならよく見えるかも知れない。俺は特に興味はないけど。俺はとりあえずサングラスをかけ直した。
ベージュの髪はブルーブラックになった。トップスタイリストとかいう肩書きを持った女が「お客様の綺麗な瞳とも相性が良くておすすめですよ」と笑った。これ中二病みたいになってないか? もう23なのに。コンビニで缶チューハイを適当に買ってマンションに戻る。玄関を開けたら部屋は真っ暗だった。けど、女物の靴は2足とも揃っていたから真琴は部屋のどこかにいるんだろう。でもダイニングを見回しても寝室を開け放っても誰もいない。
「真琴…?」
寝室から戻ったらリビングのカーテンが開いていた。
ドーンッ
爆発音にしては重い音が聞こえて、少し遅れて空に火で出来た花が大きく咲いた。バルコニーの方に目を向けると無造作に髪を括った細い人影を見つけた。
「真琴!」
「おう、おかえり」
胡坐をかいている真琴の横には缶サイダーが1つ。重い爆発音はまだ鳴り続けている。振り向いた真琴が何でもない顔をしてるから、思わずフリーズした。
「良悟変な顔」
「は…?」
「僕ちゃんと遅くなること聞いてたよ」
「いや…なんか…」
「ん?」
「……いい。適当に買ってきたから取れよ」
俺がコンビニ袋を突き出すと真琴は素直に受け取って中身を見始めた。そして、その中からパイナップルのチューハイを出して開けたらすぐに口をつけた。
「うん、これ好き」
「そうなんだ、覚えとくわ」
「別に覚えてなくていいけど」
「そ」
どうでもいい短い会話。いつも通りのやりとりで、いつも通り酒を飲む。レモンハイを空けて2本目のライチを取ったらすぐに真琴もグレープフルーツを取った。
お互い打ち上がる花火を見ていた。重い爆発音に続いて大きく花火が開く。開いた花火は落ちていってただの火の玉の集まりになる。デカい花火も小っさい花火もその過程は変わらない。世にも珍しい青い花火が開いたところで真琴と目が合った。
「いいね、その色」
黒染めじゃないでしょ、と真琴が目を丸くして言った。
「一応組み合わせ」
「いいよ、青い瞳が際立つ」
「うわマジでやだ」
チューハイを飲み干したところでデカい花火が上がった。きっと下界はここより騒々しい。
俺が煙草に火をつけると真琴がさっきより近い距離でじっと見ていた。俺なりの抵抗として持っている煙草を真琴の唇に押し付けると奴はフィルターに吸い付いた。口に入った煙が邪魔だと言わんばかりに勢いよく吐いた後、平坦な調子で真琴は言った。
「人の怒りって花火みたいじゃない?」
「なんで?」
「バッと炸裂したら一瞬で消えて虚しくなるから」
「俺もそんな風に見える?」
「え? 良悟は例外」
良悟はなんか歪だし
「僕に彼氏いなかったら口説いてた?」
「花火に目もくれず押し倒してた」
「それもそっか」
こげ茶のどんぐり眼が嫌いだ。低くて小さい鼻が好きだ。感情が持続しない性分が好きだ。
自分を守ってくれる人を大切にしない真琴が嫌いだ。
「シャワー」
「あ、洗濯終わったから回すのまた明日ね」
振り向きもしないで言う真琴に分かったと返した。明日もまた世界に俺らしかいない錯覚を覚える部屋で監視されて過ごす。電気をつけるともう9時前だった。
「バイバイ、また明日ね」
真琴、あの時お前がなんとなく、寂しがってた気がしたけど、勘違いだよな?
実は感覚がまともじゃないのはマコちゃんの方だったり(笑)
良悟がなんかいいヤツになっちゃった……あれ?
ありがとうございました