39.氷という名の撒き餌
「大丈夫ですか?」
「まあ、鍛えてるからな」
痛む両腕を振りながら、俺は答える。
毎日ではないが、腕立てや腹筋などで鍛えてはいるので嘘ではない――腕立ては膝つけながらだけど。
「んで、ここが――」
「はい、アイスドラゴンが住むと言われている巨大氷山です」
「氷山っていうか、普通に山だな。これ」
話しながら上を見上げる俺。
上を見上げると一緒に口が開いてしまうのはなんでだろうか。
横を見ると、ハルも同じように口を開けて上――氷山の頂上の方を見上げていた。
昔、遠足で登った高尾山よりもでかい気がする・・・・・・。
他に山に登ったことがないので分からないが、多分エベレストよりは小さい。当たり前だけど。
「実際、最初は普通の山だったけど、アイスドラゴンが住むうちに氷が厚くなって氷山に見えるようになった――なんていう説もあるそうです」
「ふーん・・・・・・」
この巨大な氷山を作るくらいのドラゴン、か・・・・・・。
今さらだが、来たことを少し後悔する。
まあ、それだけのドラゴンなら巨大だろうし、先に見つけて不意を討てば大丈夫・・・・・・かな?
うん、大丈夫。それにリーニャが俺の帰りを待ってるしな。
絵の仕上げにどうしてもアイスドラゴンの血が必要とのことで、でもその絵が完成したらしばらく落ち着くらしい。
落ち着く・・・・・・そう、俺もそろそろ実を落ち着かせないとな。
そのためにも――
「っと」
頭上から迫る影に気づき、俺はハルの肩を抱いて引き寄せた。
その数舜後、べちゃっという音を立ててサメが地面に激突して赤い血筋を残して滑っていく。
サメの降ってきた方――いまだ勢いが衰えない竜巻を背にして、
「行くか」
「行きましょう!」
俺たちは氷山を登り始めたのだった。
◇◆◇◆◇
「ライトニングランス!」
呪文と共に放たれた雷の槍が、こちらに迫る氷の槍を飲み込み、さらにその奥にいる氷の塊を貫く!
氷の塊は球状の本体ぽい部分と直線的な羽を震わせながら地面に落ち、そのまま砕けて動かなくなった。
「疲れた・・・・・・」
「お疲れ様です」
言いながらハルはポケットから取り出したハンカチで俺の顔を拭いてくれる。
氷の精――と勝手に呼んでみるが、は高速で宙を舞うわ氷の槍は撃ってくるわで中々厄介な相手だった。
そろそろ倒した数が二桁を超えて目も慣れてきて魔法が当たるようになってきたが、無駄撃ちさせられたせいで雷の魔法はそろそろ切れそうになってきていた。
いざとなったら氷漬けにして逃げるなり、山に当てないように気を付けながら炎の魔法を使うなりで切り抜けるか・・・・・・。
にしても――
「結構登ったよな」
「ですね、六分目といったところでしょうか」
俺たちは今、緩やかな坂にはなっているものの、かなり開けた場所に出ていた。
これだけ開けた場所ならドラゴンが居ればわかりそうなものだが、どれだけ見渡してもそれっぽいものは見当たらなかった。
それなりに高さがあるせいか、見晴らしの良さはかなりのものだ。
海の方を見れば夕陽――中々沈まない、が海や氷を赤く照らしており、氷や海の青さと混ざって神秘的な色合いを醸し出していた。
一方、その反対側――ポータルがある方を見ると、真っ白な雪と氷の世界から段々と土の色が濃くなり、さらに奥にいくと濃い緑色が広がっているのが見える。
が――
「ドラゴンのドの字も見当たらないな」
「もしかしたら冬眠してるとかですかね?」
ドラゴンが冬眠・・・・・・。
ていうか、アイスドラゴンなのに寒さに弱いのか?
暑い夏を乗り切るために~とかだったら分からなくもないが、氷山って一年中冬みたいなものだろ。
凍った鼻水を折りながら呻く俺。
「――トシさんっ、あれ!」
「ん?」
折った鼻水をハルに見えないよう後ろの方に投げながら、ハルの指さす方を見る。
そこにはさっき倒した氷の精の残骸、それと――
「まさかあれが――」
「アイスドラゴン・・・・・・ですかね?」
俺の驚きの声に疑問形で答えるハル。
そこにはいつの間にあらわれたのか、複数の巨大なトカゲ――というよりは巨大なオオサンショウウオだろうか、がのっそりと氷の精霊の死骸に近づき、あるいは食べているのだった。
・・・・・・ドラゴン?
確かにところどころ鋭い氷に覆われていて、ドラゴンっぽいと言えばドラゴンっぽと言えなくもないが――。
のっぺりとした顔が全てを台無しにしている。
「昔見た冒険者ギルドの依頼に書いてあった絵と似てはいるんですが・・・・・・小さいですね。アイスドラゴンの子供とかでしょうか」
「まあ、こいつも一応獲って帰るか。ライトニング――」
「だめっ、雷はまずいです!」
「ふぐっ!?」
札を引き抜き、呪文を唱えようとした俺を慌てて止めに入るハル。
慌てたせいか滑ったハルの頭がこちらの腹を直撃し、変な声が出る。
「すみません・・・・・・。必要なのは血なんですよね?」
「ああ、そうだけど?」
「アイスドラゴンの血は、熱を加えると変成して使い物にならなくなっちゃうらしいです」
「へー、よく知ってるな」
「肌によく効くとかで、美容品にも使われてるんですよ。まあ、冒険者ギルドの給料じゃ一生かかっても買えなかったですけど・・・・・・」
「そうか、じゃあ――」
俺の指示を受けたゴーレムは、氷を食んでいるアイスドランの子供?に近づくとそのうちの一匹を踏みつぶす!
それを見た他の個体は慌てて――といってももっさりとだが、地面を掘って居なくなった。
「お、いい感じだな」
加減が難しかったが、どうやら上手くいったようだ。
潰されたドラゴンを見ると、死んではいるようだがぐちゃぐちゃにはなっていない。
・・・・・・ちょっと中身が出てはいるが。
「ハル、これ頼む」
「――はい!」
返事に少し間があったが、ハルは背負っているカバンから折りたたまれた大きな布袋を取り出す。
そしてドラゴンの死骸を中に入れ、袋をゴーレムの背中に括り付ける。
籠が残ってれば楽だったんだが、籠は今は海の底だ。
「しかしまあ、子供がいたってことは案外親も近くに居たりしてな」
「だといいですね――っ!?」
まるで俺たちの会話に応えるかのように地面が大きく揺れる!
立っていられず、俺は四つん這いになりながら辺りをうかがうが――視界は揺れと共に現れた雪で埋め尽くされていた。
やがて揺れが収まり、視界が晴れると――
「あ、あひぇは!?」
舌を噛んだのか、涙目で叫ぶハル。
その視線の先には、さっき見たのっぺり顔――ただし特大、が現れてこちらを睨んでいるのだった。