38.サメという名の竜巻
「っだぁぁ、しつこい!」
ようやく冷めたゴーレムに抱えられながら叫ぶ俺に、
「でも、もうすぐ氷上に出ますよ!」
同じく小脇に抱えられたハルが叫ぶ。
叫ぶのはそうしないと声が届かないからだが、口を開けると雪が口に入って鬱陶しい。
俺とハルを抱えたゴーレムと、それを追いかけるサメの群れは雪をかき分け――というかふっ飛ばしながら海の方へと突き進む。
そして――
「よしっ、抜けた!」
視界を遮っていた雪がなくなり、あたり一面の氷の世界が再び飛び込んでくる。
サメが雪の中を泳いでいる(?)のであれば、ここまでは追ってこれまい。
そう思って体をひねり、後ろを見るが――
「うおっ、きしょっ!?」
雪から出て姿を現したサメは、背びれと尾びれだけサメだが、本体は巨大なネズミのようだった。
なんていうか、サメとカピバラを合成したらこんな感じになるだろう、と感じ。
一匹だけならまあブサ可愛いと言えなくもないが、それが大群で、しかも鼻をひくひくさせながら興奮した様子で追ってくるのを見てしまうとただ恐怖しかない。
つか、何でこんなにしつこく追ってくるのか・・・・・・。
「きゃっ・・・・・・」
――と、隣からハルの小さな悲鳴が聞こえる。
見るとカバンから何かの汁がこぼれて、ハルの服に小さな染みを作っていた。
そしてそれがさらに地面に落ちて――
「うおっ・・・・・・」
その雫を舐めようとしたネズミが後続に魅かれ負傷したのか、一瞬あたりを赤く染める。
そしてその血しぶきで顔を赤く染めたやつがその勢いを落とさないまま必死に俺たちを追いかけてくる。
・・・・・・しばらく夢に出そうだ。
理由は分かったが、今さらどうしようもないな。ハルの服の染みを見ながら考える。
ともあれ何とかしないと・・・・・・。
幸い氷上に出てからその群れの数は増えていないので、今いる奴らをどうにかすれば何とかなりそうだ。
ところどころ顔を出している海にゴーレムが落ちないように氷の割れ目――というか小さな湖を避けながら考える。
炎の魔法はまずいから、ええと――揺れる視界の中で何とかポーチを漁り、
「ライトニング――っ!?」
しかし、目の前――実際には後ろだが、で起きた光景に目を取られ思わず札を取り落とす。
ネズミの血の匂いに轢かれたのか、今度は本物のサメが氷の割れ目から飛び出してネズミに襲い掛かっている!
よく見るとあたりの水上に、後ろから追いかけてくるのとは違うサメの背びれが姿を見せていて――
「トシさん、上、上です!」
「なにっ――!?」
俺たちを狙ったのか、大きく跳躍したサメがこちらに振ってきて――ゴーレムの頭に噛り付く!
後ろにはネズミの群れ、周りにはサメ。そして前には――大きな湖っ!
「くっ――」
体勢を崩し、氷を削りながらもなんとか水に堕ちるのだけは防ぐ。
が、俺とハル――とついでにサメはゴーレムから放り出されてしまう。
ゴーレムは急に止まれないが、止まる気すらないネズミの群れとそれを襲うサメはそんなことお構いなしに迫ってきており――
「ここはわたしがっ――!」
再び鍋を手に、俺の前に立ちはだかるハル。
気持ちは嬉しいが、多分無理だ。
選んでる時間はない。とにかく魔法を――俺はポーチから魔法の札を引き抜き、詠み上げる!
よしっ、
「アイシクルランス!」
呪文と共に生み出された複数の巨大な氷の槍がネズミを、サメを貫く!
運よく免れたものも、吹き荒れる冷気に巻き込まれて一瞬で氷漬けになる。
そして後には――巨大なネズミとサメの氷塊が出来上がったのだった。
「やったか・・・・・・?」
「よかった・・・・・・」
鍋を抱いてその場にへたり込むハル。
しかし、その耳がぴくりと動き、同時にその身を硬直させる。
「なんだ?」
氷塊の奥から聞こえてくるカリカリッという何かを削るような音と、ミシミシッという何かが軋むような音。
徐々にその音は大きくなっていき――轟音と共に氷塊が砕け散る!
後にはこちらを見つめるネズミの大群。ついでにサメたち。
ネズミの表情を注意深く見たことがないのでよくわからないが、なんとなく怒っているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、あはは・・・・・・」
へたり込んだままのハルは、乾いた笑い声を上げながらこちらへずりずりと移動してくる。
じりじりと近づいてくるネズミとサメの群れ。
どうせならまた捕食しあえばいいのに、俺たちという共通の敵を前にしてか一緒になってその輪を縮めてくる。
炎――はダメだから、電撃の魔法、プロテクション、何かないか・・・・・・ポーチを漁る俺だったが、お目当ての札を引き当てるよりも早くネズミが、サメが俺たちに飛びかかってきた!
こうなったら何でもいい、せめて時間が稼げれば――再び札を引き抜き、読み上げる!
「トルネード!」
・・・・・・しかし、何も起きなかった。
思わぬ展開に毒気を抜かれたのか、ネズミもサメもその動きを止めて――いや、違う。これは・・・・・・
「体が・・・・・・引っ張られる!?」
よく見るとネズミたちの後ろに小さな竜巻が現れていた。
そいつはあたりのネズミやサメ、さらには海水すらもを取り込んで大きくなり――
「きゃあっ――」
「ハルっ!」
風の勢いに負けて宙に浮いたハルの脚を掴むが、俺自身も一緒に宙に浮きかける!
「ゴーレム!」
駆け寄ったゴーレムの腕に掴まり、まるで正月の凧のようだが――なんとか竜巻に引き込まれるのを回避する。
腕――ハルの脚を握ってる方とゴーレムの腕を掴んでるのの両方がちぎれるように痛いが、とにかくこの場を離れるしかない。
腕がちぎれないことを祈りつつ、ゴーレムに引かれる凧のように宙を舞う俺たちはその場を後にしたのだった。