37.ゴーレムという名の暖炉
「――ごほっ、けふっ・・・・・・」
「うおっ――大丈夫か!?」
水を吐き出して意識を取り戻したハルから、俺は慌てて離れつつ安否の声をかける。
ハルは口にかかった布――俺のハンカチだが、をのけながら、
「トシさん・・・・・・?」
「良かった、意識が戻ったんだな」
「はい、あの――くちゅっ」
くしゃみをするハル。意識と共に、寒さの感覚も戻ったようだ。
そんなハルをみて、自分自身体が冷え切っているのを思い出す。
体にまとわりついていた生暖かい水は既に冷え、今度は半分氷と化して体にまとわりついていた。
「さぶっ、このままだとヤバいな」
「ええ、ですね・・・・・・」
震える手で札を取り出す俺に、同じく震えながらカバンを漁り始めるハル。
つか、よく落とさなかったな、カバン。逆にカバンが外れてればもう少しゆっくりと沈んでたんじゃないか・・・・・・?
まあ、二人とも助かったからいいけど。
「うし、サモンゴーレム!」
何気に新魔法――というほどでもないか。
まあ、ダンジョンに召喚するのと同じ要領である。
いつも使っているのはゴーレムをその辺の材料で造る魔法だが、今それを使うと氷のゴーレムになってしまう。
それだとやりたいことができないので、作り置きしておいた予備から召喚する。
「そんで・・・・・・ファイアボルト!」
水中で使ったのとは対照に、今度は小さな火の球が一個だけ現れ――呼び出されたゴーレムに直撃する!
「んな――!?」
いきなりの音にびっくりしたハルが、耳と尻尾を立たせて目を丸くするが――
「暖かくなっただろ?」
「暖かいです!」
炎で焼かれ、赤熱したゴーレムを囲む俺とハル。
このまましばらく囲んでいれば、体も温まるし服も乾くだろう。
「・・・・・・うん」
「・・・・・・ですね」
一緒に視線を下げながら、俺とハルは気のない相槌を打った。
その視線の先には、じゅーっと音を立てて氷の中へと沈んでいくゴーレムの姿。
・・・・・・あ、落ちた。
穴の下でどんどん小さくなっていくゴーレムを眺める俺たちだったが、すぐに寒風によって現実に引き戻されるのであった・・・・・・。
◇◆◇◆◇
「ここなら大丈夫ですね」
「だな!」
再び灼けたゴーレムを囲みながら、しかし俺たちは陸地の方へと移動していた。
目的の氷山には少し遠回りになるが、ここであれば地面が溶ける心配もない。
服もいい感じに乾いてきて――といっても靴下やパンツはまだ湿ったままだが、安心したからか胃にものを入れたくなってきた。
「腹減ってきたな」
「何か作りましょうか?」
言いながら、ハルは鍋――少しへこんでる、を取りだすとゴーレムの上に載せる。
そのまま牛脂っぽいものを鍋に引き、慣れた手つきで何かの肉や野菜を炒め始める。
何の肉かは知らないが、下手に知らない方がいいこともあるだろう。
どっちみち食べないっていう選択肢はないし。
そんなことを考えている間にも、あたりにはいい匂いが立ち込めてくる。
「あの、お口に合うかわかりませんが――」
「ん、ありがと」
取り分けてもらった皿を見る。
見た目は美味しそうだ。
味も――美味しい!
鳥っぽい味だが鳥よりも歯ごたえのある肉に、ほうれん草っぽい野菜――ところどころ緑色じゃないが、を塩胡椒で味付けしただけだが、無難に美味しい。
「どうですか?」
「美味しい。これならいいお嫁さんになれるんじゃないか?」
「あ、ありがとうございます」
食べているところを見られたくないのか、そっぽを向きながら答えるハル。
別に気にしなくていいんだけどな。
女の子が食べてるところってなんか好きだし。・・・・・・そういや、凝視しすぎて殴られたこともあったっけ。うん、あんま見過ぎないようにしよう。
「さて、お茶でも沸かすか――ん?」
視界の端を何かが横切る。
慌ててあたりを見渡すと、こちらを囲うように――
「・・・・・・サメ?」
「・・・・・・ですね」
厚い雪を破って地上にでているのは、まごうことなきサメの背びれ。
それが5個ほど、こちらに向かって突き進んできているのだった。
・・・・・・とりあえず、俺は札を取り出すと
「ファイアボルト!」
呪文を唱える!
放たれた火球は確実にサメ(?)を直撃し、むき出しになった地面に黒い焦げ跡を残すが――
「やばいよな」
「やばいですね」
3匹ほど倒せたようだが、残る2匹はそれでもなお弧を描いてこちらに近づいてくる。
しかも今の音のせいか、さらに奥から複数のサメの背びれが近寄ってくるのが見える。
無表情で荷物を背負う俺。
ハルも鍋をカバンに引っ掛けると、
「よし、逃げるぞ!」
「ですね!」
ゴーレムに乗ろうと手をかけるが――即座に手を離す俺。思いのほか熱い。まだ人の肉くらいなら余裕で焼けそうだ。
のしのしと歩くゴーレム。
さらにその後ろに大量のサメを連れて、俺たちは沈みゆく夕日――の手前にある氷海に向かって走っていくのだった・・・・・・。