35.人魚という名のモンスター
「しかし、いまいち近づいてる感じしないな」
「アイスドラゴンが棲むというだけあって大きいですからね、遠近感が・・・・・・」
寒いし、いけどもいけども氷だし、白いし、ソーニャ居ないし。
このつまらない景色も、ソーニャと二人なら気にならないんだろうなぁ。
辺り一面真っ白だね。いや、君の肌の方が白くて綺麗だよ、みたいな・・・・・・。
ハルも可愛くはあるんだが・・・・・・10年後だよな。いや、猫は人間より成長速いし、実は2、3年後にはいい感じになってるとか?
でもそれだと俺より先に寿命が来るってことだよな。
やっぱり一緒に時間を刻める人間が――
「どうしました?」
「いや、可愛いなって」
「・・・・・・もうっ」
誤魔化すように言った言葉に、そっぽを向くハル。
さすがに適当言い過ぎたか・・・・・・?
なんか尻尾も立ってるし、犬だったら噛まれてたかもしれない。気を付けよう。
「ほら、あっちなんかいるぞ?」
「あれは――」
氷の割れ目から上半身をのぞかせてるのは――女?
しかも腕で隠れているが、だからかもしれないが裸に見える。
「――――♪」
「歌声・・・・・・?」
「それは聞いちゃ・・・・・・だめ――」
その女が歌う声を聴いていると、体が内側から温まるのを感じる。
もっと聞きたい。
あと、抱きしめて温めてあげたい――。
一歩、また一歩と近づくたびに、視界の中で女の妖艶な笑みが大きくなっていく。
視界の端に何か毛のようなもの入ってくるが、ふらふらと視界を出入りしているうえにぼやけていてよくわからない。
横でガシャッっという音が聞こえたが、それすらも歌の一部に感じられる。
「君は――」
ついに女の目の前までたどり着くと、女はその奇麗な指で俺の足をそっと握りしめて――
カーン・・・・・・という、まるで鐘でも衝いたかのような音が響き渡る。
「うおっ!?」
歌が途切れたからか、あるいはその音のせいか――クリアになった視界の中には妖艶な笑みではなく、真横に裂けた口を大きく開いて白目をむいた半分女半分魚の魔物が氷の上で伸びていた。
横を見ると、そこには顔を赤くしたハルが巨大な鍋を構えて立っている。
「助かった、ありがとな。ハル」
「いえ、これくらいどうってことないです!」
「しかしよく歌の誘惑にかからなかったな」
「まあ、その・・・・・・運が良かっただけです」
赤くなった顔を手でさすりながらハル。
この謙虚さを他のやつらに分けてやりたい!
しかし――こいつはいわゆる人魚、だよな。
白目で伸びている半魚人から少し距離を取り考える。
「人魚の肉を食うと不老不死になれるってよく聞くけど、どうなんだろうな」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
話しながら、ふと人魚を料理する絵柄を想像してしまう。
上半身の方が効き目ありそうだけど、精神的に食べやすいのは下半身――魚の部分だよな。
しかし、どう頑張っても料理の過程がえぐくなりそうだな。
あいつの店に持っていったら喜んで料理しそうだが――
「ちょっと焼いて食べてみます?」
「いや、遠慮しとく」
別に食べる目的ではないが、ちゃんと息の根を止めてゴーレムに積んでいくか。
俺はゴーレムに指示を出そうとして横のでかい影の方を見るが――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ゴーレムよりもでかいそいつと目が合った。
そういやさっき歩いてるときに、ちらちら視界に入ってたような――。
一瞬の間。
しかしそれはすぐに破られる!
「グォォゥァ!?」
「うぉぁ!?」
「きゃっ!?」
振り下ろされる鋭い爪を、俺はハルにタックルする形で何とか避ける。
すぐに札を引き抜こうとするが――寒さからか、恐怖からか、手が震えて上手く掴めない!
その間にもそいつ、巨大な白熊は再び爪を振り上げ――
カァン!
しかし振り下ろされた爪は、間に割って入った鍋を貫通して止まっていた。
「ナイス!」
無事帰れたらご褒美を上げよう――。
そんなことを考えつつ、今度はしっかりと札を引き抜いた。
「ファイアランス!」
俺の頭上に現れた巨大な炎の槍は放たれると同時に白熊を鍋ごと黒い何かへと変貌させ、その勢いを衰えさせないまま後ろの氷すらも蒸発させて大きな穴を開けたのだった。
一瞬温かい霧に包まれるが、それもすぐに温度を奪われ冷たい塵となって消える。
「ふう・・・・・・」
「危なかったですね」
「あ、悪い!」
最初の爪を避けたときにハルを下敷きにしたままだった。
慌てて立ち上がると、周囲からピシッっという音が聞こえた。
「これはなんか、まずい気が・・・・・・」
「そうだな・・・・・・」
慎重に立ち上がるハル。
あたりをそっと見渡すと、俺の魔法が開けた大穴の方から徐々にピシリ、ピシリと音が近づいてくる。
「――うおっ!?」
足元に一瞬沈み込むような感覚を覚えるが、次の瞬間、俺は勢いよく突き飛ばされた!
割れた氷と共に水にのまれていく黒いかたまり、そして――
「ハルっ!!」
手を伸ばそうにも、ハルは既に水の中。
まるで表情が凍ったかのように笑みを浮かべたまま沈んでいくハルを、俺はただ見るしかできなかったのであった――。