33.号外という名の思い出
朝。
太陽すらまだ顔を出しておらず、当然通りには人ひとり歩いていなかった。
当然、冒険者ギルドの中も人気はなく、暗く閉ざされており――しかし、俺は扉についたベルを鳴らさないようにそーっとそのドアを開けて中に入る。
「あ、おはよっ!」
奥から聞こえてきたソーニャの明るい声に体温が上がるのを感じる――あるいは単に厚着しているからかもしれないが。
俺とハルは昨日買ったコートなどを着込んでいたが、正直着込んでくる必要はなかったかもしれない。特別熱くも寒くもないこの町にこの格好は暑すぎた。
「おはよう」
「お、おはようございます・・・・・・」
「今準備してるから、ちょっとそこで待っててー」
「あいよ」
準備というと、寒冷仕様に着替えてるのだろうか。あるいは、階段を上がる音が聞こえたからポータルの準備か?
まあいずれにせよ待つしかない。
そう、俺とソーニャはもう付き合っているのだし、何も慌てる必要もない。
二人で冒険にいって、一緒にピンチを乗り越え、最後には――ああ、ハルは荷物持ちなのでノーカンで。
結婚したら養子にしてもいいしな、二人ならきっとうまくやるだろう。
そんなことを考えながら、何となくあたりを見渡す。
「お、また更新されてるな」
たまたま目に入った掲示板――まあ、掲示板っていうのは大体目立つものだが。
そこにはダンジョンについての最新の記事が張り出されていた。
『不思議なダンジョン、誘う死の罠
もはやこの町の名物になりつつある不思議のダンジョン。
そのダンジョンにまた新しい層が出現!
第四層、罠の迷宮。
この層で出現するモンスターはゴブリンとミノタウロス。しかし、たかがゴブリンと侮ることなかれ。
なんとこのゴブリン、原始的ではあるが前衛に剣や斧、後衛に弓という組織的な戦い方を……
……
…
上述のように、落とし穴、回転扉などいたるところに仕掛けられた罠には注意が必要である。
しかし、罠以上に注意が必要なのが巨大ミノタウロスである。
巨大な戦斧を装備したこいつには、鎧など水に浸した紙きれが如く無力さで、対処方法はただ一つ。
出会わないことである。
出会ってしまったら……
……
…
』
・・・・・・しかし、誰が書いてるんだろう。これ。
落とし穴や回転床などの仕掛けについて、仕組みと対処方法が細かい図解を添えて解説されている。
実物を見ないとここまで詳しく書けないと思うのだが、まさか一個一個地道に引っかかってはメモしてるのだろうか。
仲間を落とし穴に蹴落として、上からメモを取る姿がふと思い浮かぶ。
――いや、まあ盗賊とか罠に詳しいやつもいるか。きっと。
「ん? まだあるのか・・・・・・号外?」
ダンジョンの話の続きかと思いきや、横に貼られているのは全く別の記事だった。
『北方の要塞都市ガトランド、墜つ!
難攻不落の要塞とまで言われたガトランドが、つい先日魔王軍に落とされたという知らせが入った。
その知らせ事態も衝撃的だが、なんとそれをやったのがたった一体のゾンビだという。
本来であれば火炎系の魔法であっさり駆除できるはずのゾンビだが、そのゾンビには剣も魔法も効かず、逆に攻撃を受けるたびにその体を邪悪に光らせ、巨大化して……
……
…
都市からはゾンビの上げる怨嗟の声がユウシャと聞こえるという話もあり、専門家は勇者に倒された魔族が……
……
…
』
魔王軍って実在したんだな。
ロッテもそこの所属だとか言ってたが、いまいち実感ないんだよな・・・・・・。
俺も立場的にはそっち側の人間だが、別に人間滅ぼしたいとも思わんし。
まあその辺は勇者様に頑張ってもらうとして、俺はソーニャと結婚――
「お待たせー」
「おお」
二階から降りてきたソーニャは、しかしこれから氷海には軽装過ぎる――要はいつも通りの格好だった。
「あれ、その恰好・・・・・・」
「ごめん、今日、急に画廊の方で用事が入っちゃって・・・・・・」
「そっか、なら仕方ないな」
一緒にいけないのは残念だが、仕方がない。
画家という夢に向かって一生懸命なのがソーニャの魅力の一つでもあるし。
「――そっちの子は?」
「ああ、こいつはハル。荷物持ちだ」
「あの、初めまして・・・・・・」
「へぇ、可愛いね」
「ソーニャほどじゃないけどな」
「もうっ」
肘で小突かれた腕をさすりながら、幸せを感じる。
いかにも恋人って感じのやり取りだ。
「君も、ありがとね」
「いやぁ、ソーニャさんの頼みとあらば」
カウンターの奥に向かって礼を言うソーニャ。
ここからは見えないが、でれっとした男の声が返ってきた。
ふん、だがソーニャは俺の嫁だ。
そんなことを考えながら、二階のポータルのある部屋まで移動する。
「それじゃ、気を付けてね」
「ああ」
明るい笑顔で見送るソーニャに、笑みを返す俺。
後ろにひしっとしがみついたハルと共に、俺は氷の世界へと飛び込んでいったのだった。