32.お買い物という名のプチデート
「トシさん、これ・・・・・・似合いますか?」
「ああ、似合うんじゃないか?」
若干気のない返事に、しかし嬉しそうに笑顔を返すハル。
俺とハルは今、服屋――と言っても可愛い洋服屋とかではなく、冒険者や登山者など向けのゴツめな服屋に来ていた。
リーニャにお願いされた件で氷山へいくことになったのでその準備なのだが――本来は俺一人で来るつもりだった。
氷山もリーニャと二人で水入らずでいくつもりだったし。なのに――
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
遠くにいっていた意識が一気に引き戻される。
ロッテのやつ・・・・・・。
うっかり氷山へいくことを話してしまった俺も悪いのだが、それを聞いたロッテはハルを一緒に連れていくことを提案してきた。
なんでも俺から悪い、危険な女の匂いがするとかなんとか。
その場にいたハルの期待に満ちた目に圧され――あとロッテの殺気とか、俺は首を縦に振ってしまったのだった。
ロッテ自身を連れていけ、だったら断れたんだけどな・・・・・・。
何かそこまで計算されていたようで怖い。
ちなみにフィーネは受付をサボってどこかにいったらしく、その場には居なかった。
居たらさらに面倒だったので良かったが――サボった分はちゃんと給料から引いておこう。
「こっちはどうですか?」
「・・・・・・いいんじゃないか?」
くるっと回って尻尾を見せてくるハル。
その尻尾はいつもより二回りくらい大きく――つまり、尻尾用のコートというか、に包まれていた。
そんなものまであるんだ・・・・・・。
店の中に毛に包まれた角笛のようなものが飾られていたが、あれも実は角がある種族用の防寒具だったりするんだろうか。
「あの・・・・・・やっぱりお邪魔でしたか?」
「いや、そんなことはないさ」
俺の内心を察したのか、申し訳なさそうにこちらを見上げてハル。
ピンと立っていた尻尾を下に垂れている。
俺はフードの上からハルを撫でると、
「俺一人だと戦闘で手一杯だし、荷物持ってくれるのはありがたいさ」
「そう言ってもらえると嬉しいです、がんばります!」
「よろしくな」
「はいっ!」
まあ、フィーネよりは役に立つだろうしな。
女の子だしそこまでは期待してないが、普段店で品出しなどをしてる分、それなりに体力はありそうだし。
リーニャが嫌がったら・・・・・・そのとき考えよう。
「にしても――」
「はい?」
改めてハルの服装を見る。
若干大きめな印象を与えるコードは足元近くまでカバーしており、その下からはやはり大きめのブーツが覗いている。
付属のフードはちゃんと猫耳を覆うようになっており、しかもちゃんと音が聞こえるようになのか、前側はメッシュのような穴の開いた生地でできている。
「あの、ちょっと・・・・・・恥ずかしいです」
「ああ、悪い」
ハルはまじまじと見られて照れたのか、手を胸元に持ってきて少し身をよじらせる。
その手もコートですっぽり覆われており、なんていうか巨大な猫の手のようになっていた。
まあ、確かにその方が隙間から風が入ってこないからあったかいのだろうが――なんか似たようなものをどこかで見たことがある。
「え、あの、ちょっと・・・・・・」
抗議するハルを無視して、俺はハルの腕を横に移動させ、ピシッと直立させる。
そのままくるっと一回転。
あれだ。
ブカブカのシャツを着た女の子のような・・・・・・。
いや、確かに彼女ができたら自分のでかいシャツやコートを着せてみたいと思っていたが、でも何か違う。
これは――
「そうだ、着ぐるみだ!」
「着ぐるみ?」
「いや、なんでもない」
何かに似ていると思ったら、地元――元の世界の、で見たゆるきゃらに似てるんだ。
ちょっと緩い感じといい、癒される感じといい、異世界のゆるきゃらと言っても過言ではないだろう。
ん? これ、なんだか儲かりそうな気が――
「すみません、ちょっとその――お手洗いにいってきますね」
「おう」
あの格好だと服を脱ぐのも時間かかりそうだけど、大丈夫かな?
それでふと思い出す。昔スキー場で、やはり服を脱ぐのに手間取って――
「お客様」
「あ、ああ」
「可愛らしい彼女さんですな」
「いや、そういうわけじゃないんだけど――」
「お会計はいかがなさいますか? 一応、こちらが値札になりますが」
「ああ、全部俺に――」
出された値札に、出かけていた言葉を思わず飲み込む俺。
獣人用コート、10万フィル。尻尾ガード、1万フィル。
ちなみに俺用のコートは2万フィルだった。
「なあ、これ――」
「いや、猫型の獣人は寒さに弱いですからな。作りが特殊で少し値は張りますが、それであの子の笑顔が守れるなら安いものですな」
「ぐぅ・・・・・・」
ダンジョンも大きくなり、挑戦者も増えたおかげでダンジョン内店舗の売り上げも伸びてはいる。
冒険者ギルドへの地図の売り上げなどもあり、懐には余裕があったが――最強の剣を作ったり、リーニャとのデートだったりで結構使ってしまっていた。
買えなくはない、買えなくはないが・・・・・・。
値札を見て固まる俺。
しばらくそうしていたが、値札に集中していた俺の視界にこちらに戻ってくるハルの姿が映る。
「・・・・・・全部下さい」
「毎度、ありがとうございます!」
まあ、ハルが居ないと店が回らないし、居眠りやサボりの常習犯の受付とは違って頑張ってくれてるし、これはボーナスということで。
ずっしりと重く膨らんだ財布――リーニャに見せるために持ち歩いていた、を懐から出すと、金や銀に輝く効果を店員に渡す。
「すみません、お待たせしました。それじゃお会計を――」
「ああ、それならもう済んでるから」
そう言って俺は、財布を取り出そうとするハルを制止する。
「そんな、悪いです。ちゃんとお給料だって貰ってますし――」
「いいんだよ、いつも頑張ってくれてるしな」
「でも・・・・・・」
「俺も男だ、見栄を張らせてくれよ」
「・・・・・・はい!」
ありがとうございます! と言って、ハルは笑顔でこちらを見上げてくる。
まあ、確かにこの笑顔を守れるなら高くはないか――もっと安いコートでも良かった気はするけど。
ちなみにこの後、店を出た後でハルは服の代金を払おうとしてきた。もちろん断ったが。
見栄を張るって、そう意味じゃないんだけどな。・・・・・・そんな甲斐性なしに見えるか?
ちょっぴり傷ついた俺と、対照的に鼻歌を口ずさんで上機嫌なハルはダンジョン――家への道を歩くのだった。