31.最強という名の最凶
「くっ、くくくっ、くははははは! ついに、ついにできたぞ!」
「何がよ」
「何ってこれだよ!」
徹夜明けのテンションで変な笑い声がこみ上げる。
仮眠を取っていたのだろう、フィーネはベットから起き上がると寝起きの低い声で突っ込んだ。
ちなみに千歳はベットから転がり落ちて――あるいは落とされて床に転がっていた。
フィーネの突っ込みに、俺はびしっ! っと勢いよく指さす――つもりだったが、文字の書き過ぎで疲れた右手は力なく地面を指す。
地面に集まる視線。
「こっちだこっち!」
まだ力の残っている左手で完成品を持ち上げる。
途中剣が足りなくなって売り物の倉庫から引っ張ってきたり、紙じゃなくて壁に彫ったり、せめて羊皮紙に呪文書いた方が何度か使えて効率的なんじゃないかと気づいたり、書きかけの札を千歳に鶴に折られてたりと心が折れそうになったが、ついに完成した!
それは――
「剣?」
「ただの剣じゃない。鋼の剣+99だ!」
「はぁ?」
意味が分からないという表情をするフィーネ。
俺は剣の腹を見せながら、
「これだよこれ」
「えーっと、なにこれ」
「刻印!」
「あー・・・・・・」
刻印の打ちすぎでもはや何だかよくわからない模様と化しているが、99回の刻印に耐えた、恐らく世界最強の剣だ。
下手な勇者の武器なんかよりよっぽど強い自信がある。
つまりそう、こいつを持てば俺も最強――とまではいかないにしても、強い剣士になれるってわけだ。
「どうよ」
「いや、理論上は可能だとは思うけど、よく作ったわね・・・・・・それ」
頭が覚めてきて興味を持ったのか、フィーネの目に輝きが灯ったようにみえる。
やっとこの偉業が伝わったか・・・・・・。
俺は少し満足しながら、鋼の剣+99を鞘に納める。
「さて、剣もできたし、俺はひと眠りするかな――あれ?」
カランッという音を立てて鞘が地面に落ちる。
ちゃんと入れたんだけどな・・・・・・。
ぼやきながら、俺は剣を再び鞘に納めるが――カランッ。
「なんだ? 不良品か?」
鞘を手に取ってみてみると、刀身の当たる部分がぱっくりと割れていた。
まあいい、鞘だけだったらいくらでもあるし。
別の鞘を手に取り、納めるも――カランッ。
「どうなってんだ?」
「もしかして――」
フィーネは鞘を手に取り、剣の刀身に当てる形で振り落とす。
――カランッ。
「・・・・・・鞘も強化するしかないんじゃない?」
「なんじゃそら・・・・・・」
「あっ、馬鹿!?」
思わず脱力し、俺は剣を手から放してしまう。
剣は音もたてずにすっと地面に沈み、まるで伝説の剣のように柄だけ生やした状態で動きを止めた。
ちなみに地面はダンジョンの中と同じで、強化魔法で強化されている。
あの巨大ミノタウロスの一撃ですら傷つかない、ダンジョンの壁と同じ強度を持つ床が、まるでバターのように・・・・・・。
「これ、どうしよう」
「やっぱあんた、馬鹿でしょ」
せっかく作ったが、さすがに鞘にすら納められないものを身に付ける気にはなれない。
転んだだけで色々斬りそうだし。道行く人とか、自分とか。
フィーネの言う通り、鞘も強化するか?
けど鞘だけ買うってわけにもいかないだろうし、今の手持ちで+99まで強化できる気がしない。
物量的に何とかなったとしても肉体的にしばらく筆を持てそうにない――っていうか持ちたくない。
札の書き過ぎでぷるぷる震えてるし。
しかしこれが駄目だとすると・・・・・・
「なあ」
「何よ」
「なんかこう、魔法で剣を操ったりとかってできないのか? 剣の舞! みたいな」
「んー、そうね・・・・・・」
思い付きで投げた質問に、フィーネは部屋の中を物色していたが、やがて紙製の鶴――書きかけの呪文付き、を手に取ると
「こんな風に?」
「うおっ!?」
ふわり、ふわりと鶴が空を飛ぶ!
結構力を使うのか、フィーネは薄っすらと汗を流しながら鶴を飛ばしていたが、数秒も立たないうちに失速して地面に落ちる。
「おお! いいなそれ、俺にも教えてくれ!」
「いや無理」
目を輝かせて教えを乞う俺に、しかしあっさりと断るフィーネ。
「なんでだよ、いいじゃねーか。減るもんじゃないし。むしろ給料増やすぞ?」
「本当!? いや、それでもあんたには無理っていうか――」
「何で俺だと無理なんだよ」
「あんただから、よ。物を動かすのって魔力の出力もそれなりに大事だけど、それ以上に出力の微調整が大変なのよ。こんな感じ?」
フィーネはそう言うと、紙を一枚手に取り、口で息を吹いて上手く宙に浮かせて見せた。
要は紙が剣で、息が魔力ということだろうか。
「ところが、あんたはこう」
フィーネはそういうと再び紙を口に当てるが、今度はふーっと思い切り勢いよく噴き上げる!
当然紙はあらぬ方向へと飛んでいってしまい、部屋の隅へと落ちていった。
「分かる?」
「・・・・・・なんとなく」
「普通の人でさえかなりの訓練が必要なのに、あんたの出力じゃ一生かかったって難しいんじゃない? ていうか何でいまさら剣なのよ」
「いや、それはまあ色々あってな」
言いながらちょっと試そうとしてみるが、地面に落ちた鶴はピクリとも動かない。
まあ、そもそもやり方を知らないので当然といえば当然だが。
そんな俺の様子を見ながらフィーネは、
「何考えてるか知らないけど、諦めたら?」
「そういうわけにもいかないんだよ」
男には退けないときがある。
それが今だ!
とは言ったもののどうしたものか・・・・・・。
要は剣でドラゴンを倒せれば嘘を言ったことにはならないわけだから――
「なあ、こんなのはどうかな」
俺は徹夜明けのテンションのまま、フィーネに思い付きを語る。
その横ではぽつんと、床に刺さった剣が抜かれるのをただ待っているのだった・・・・・