22.楽観という名の無謀
「札も補充できたし、この調子ならボスも楽勝なんじゃない?」
「だといいけどな」
明るい魔法使いの言葉に剣士がくぎを刺すが、しかしその口調は同じように明るいものだった。
ハルの店で英気を養った一同はまさに破竹の快進撃。襲い来るミノタウロスやゴブリンたちを蹴散らしながらボス部屋の前まで来ていた。
「しかし、なんか凄い音がするわね・・・・・・」
重いものが衝突する音と、ともすれば体が浮きそうな振動に顔を不愉快そうに歪めながら魔法使いが呟く。
すでに先客が居たらしく、ボス部屋では激しい戦いが繰り広げられているようだった。
「まあ、そろそろ出てくるだろうから話を聞こうぜ」
「やられちまってたりしてな!」
「かもな!」
同じくボス部屋の前で座っている冒険者の一人が口にすると、さらに別の一人が茶化すように口を挟む。
ボス部屋の前も、これまでと同じでちゃんとした石畳に石造りの壁となっており、やや寒いことを覗けば過ごしやすいようだった。
「まあ、ミノタウロスどもを倒せる連中が10人以上居るんだ、何とかなるだろ」
リーダー格なのだろう、顔中に髭を蓄えた熊のような男が肩をすくめながら言うと、「違いねぇ」という声が冒険者たちから上がった。
その様子を見た髭は手にした酒の入った革袋を口元に運ぶが――
「――おっと」
再び部屋を襲った振動のせいで革袋を落としてしまう。
床に零れた酒が、床に黒い染みを作る。
「もったいねぇ・・・・・・」
零れた酒を眺めながら改めて酒を口に運ぼうとしていた髭だったが、他の冒険者たちが何も言ってこないことに違和感を覚えたのか、
「おい――」
顔をあげて声をかけようとする。しかし――他の冒険者たちの視線の先にあるものを見て、彼も同じように言葉を失った。
「これは――・・・・・・」
再び部屋を襲う振動と、同時に響く、鈍いぐしゃっという音。
扉の隙間から染み出ていた血だまりが、その音と共に部屋を、空気を侵食していった。
――と、不意に音もたてずに血が薄くなっていき、まるで血などなかったかのように元通りの薄汚れた石畳が姿を現した。
そしてそれと同時に、ガラガラと音を立ててボス部屋の扉が開く。
その奥に広がる巨大な闇に呑まれたかのように、冒険者たちは呼吸をするのすら忘れてただじっとその動きを止めていたのだった・・・・・・。
◇◆◇◆◇
「本当にいいのか?」
「ここまで来たら、いくしかないでしょ」
「それに、一番乗りであたりを引いたら儲けもでかいしな!」
剣士の問いかけに、若干引きつってはいるものの答える魔法使いとヒーラー。
他の冒険者たちは――と剣士が視線を向けると、ちょうど同じことを考えていたのか髭と視線が合う。
「俺たちも同じだ。ここまで来ておめおめ帰れるかってんだ」
髭はそう言うと、背負った巨大な戦斧を両手で構える。
剣士や他冒険者たちも、それぞれ剣やメイス、札などを油断なく構え、部屋の床が凸凹しているのが気になるのか足元を確認しながらもそれぞれ円陣を組んでいく。
「――来るぞ!」
再びガラガラと大きな音を立てて部屋の扉が閉じる。
黒い巨大な霧があたりを覆いつくし――中央に一つの巨大な魔法陣と、冒険者たちを囲むように小さな魔法陣がいくつもその暗い霧を怪しく照らす。
そして霧が晴れると、そこには――
「なんじゃ、こりゃ――」
冒険者たちの上げた間の抜けた声は、消えていく魔法陣と共に床へと吸い込まれていったのだった。