21.足元という名の盲点
「――いった?」
「ああ、もう大丈夫だろう・・・・・・」
振動が遠ざかっていくのを確認して、剣士たちは穴から這い上がった。
「生きた心地がしなかったぜ・・・・・・」
手を握ったり開いたりしながらヒーラー。
まだ握力が戻らないのか、指先がぷるぷると震えていた。
「それにしてもまさか落とし穴に隠れるとは、よく思いついたな」
――ヒーラーが落ちかけた落とし穴。
剣士たちはそれをわざと起動させ、縁に捕まることで身を隠して巨大ミノタウロスをやり過ごしたのだった。
「五分五分でしたけどね、穴を覗き込まれたら確実にアウトでしたし」
「あれだけでかいと足元まで見えないでしょ。あいつ、罠とかどうしてるのかしら・・・・・・」
未だ生きているのが信じられないのか、どこか呆けた顔で魔法使い。
ちなみにその疑問は、遠くから聞こえてきた何かが砕ける音で解消した。
「ともあれさっきのやつがいつ戻ってくるかわからないし、少し休んだら先を急ごう」
剣士はそう言って水の入った革袋を取り出すと、震える手で口を開けたのだった・・・・・・。
◇◆◇◆◇
「階段だ」
「またー?」
暗く口を開けた階段を前にして、うんざりしたように魔法使いが声を上げる。
彼女はポーチの中身を確認しながら、
「そろそろ札が厳しくなってきたわ・・・・・・」
「こっちも、回復魔法の札が切れそうだ」
「って言っても、戻るにしてもボス部屋の前まではいかないとな」
自身、荷物を確認しながら言葉を続ける剣士。その中身はダンジョンに入ったころと大きさは変わっていないが、中身は消耗品から収穫品――ミノタウロスの角とか、に置き換わっている。
「そういえばハルちゃん、今日はまだ会ってないわね」
「店も出たり出なかったり、よくわからないからなぁ・・・・・・」
「次の階層にあるといいんだけどな」
ハルの話題のせいか、不安な表情から一転、笑顔がこぼれだした二人。
剣士も口の端に笑みを浮かべながら、
「ほら、歩かないとお店はやってこないよ」
前よりも幾分軽い足取りで階段を降り始めたのだった。
◇◆◇◆◇
「いらっしゃ――っぶ!?」
言葉の途中で抱きしめられて、目を丸くする少女。
驚いたのかその小さなお尻から生えた尻尾がぶわっと膨らんでいた。
「ハルちゃーん!」
「ちょ、苦しい・・・・・・です」
魔法使いに抱きしめられたまま一通り頬ずりされた後、ようやくハルは解放された。
「ごめんごめん、ちょっとかなり嬉しくて・・・・・・」
言葉では謝りながらも、満面の笑みで魔法使いが答える。
剣士とヒーラーも安心したように笑みを浮かべながら、薬草や魔法の札、あるいはシンプルに水などを手にとっては近くにあるカゴに入れていった。
「なんか広くなってない?」
「ええ、色々ありまして・・・・・・」
「それに、これは?」
壁際の棚に気づき、目を輝かせる魔法使い。
その目には色とりどりに輝く宝石を載せた指輪やネックレスなどが陳列されていた。
「その、色々あって入荷したんですよ」
「へー、結構安いわね」
「そうなのか?」
完全に魅入る魔法使いの後ろから、剣士が覗き込んで言う。
ショーケース越しに目が合った二人だったが、すぐ視線を外した剣士の服を魔法使いが掴み、
「私、これ欲しいなー」
「いや、何でだよ」
ひたすら目を合わせまいと体ごと視線を逸らす剣士と、それを力づくで振り向かせようとする魔法使い。
単純な力ではかなうはずがないのだが、しかし勝負は魔法使いの勝ちで決着がついた。
「大体今、そんな金持ってきてないし」
「そこはほら、その剣とか鎧とか売っちゃえば」
「俺に死ねと?」
言いながら財布や荷物を漁っていた剣士だったが、やがて軽くため息をついて、
「分かったよ、次来た時にな」
「絶対よ、約束だからね!」
魔法使いは「忘れたら雷1000回食らわす」と言いながらもようやく離れて、鼻歌などを歌いながら魔法の札を漁り始める。
剣士はそんな魔法使いの様子とショーケースの中の宝石――の値札とを少しの間見比べていたが、二人――ヒーラーとハルの生暖かい視線に気づくと軽く咳払いなどをしながら食べ物が並ぶ棚へと移動していった。
「そういや、これは・・・・・・」
「巻物コーナーですね」
剣士が棚の奥に消えたのを見届けて、ヒーラーがハルに尋ねる。
二人の前には数本の巻物が並べられていた。
「エンチャントシャープネス、50万か・・・・・・」
「高い、ですかね?」
巻物を手に取って逡巡するヒーラー。
ハルはその様子を見て、軽く首をかしげながら疑問を口にした。
「いや、街で売れば100万にはなるから安いっちゃ安いんだが、さすがにそんな現金持ってきてねぇからな」
「なるほどです」
少しの間悩んでいたヒーラーだったが、やがて悔しそうな表情を浮かべながら巻物を元あった場所へと戻した。
ハルはその様子を見て、
「皆さんは今回、ボスまでいかれるご予定ですか?」
「ああ、まあいけるところまでいこうと思ってる」
「そうですか・・・・・・、じゃあこれなんていかがです?」
代わりにというわけでもないだろうが、笑顔と共に別の巻物を差し出したのだった。