14.冗談という名の脅し
「おかえりなさい!」
「おかえりー」
ダンジョン――自分の、に戻るとこちらに気づいたロッテと千歳が出迎えてくれた。
しかし、何故か受付の床には空の酒瓶が何本も転がっており、近づくにつれてアルコールの匂いが強くなってくる。
……まあ、もう夜中だし客も来ないだろうから別にいいんだけど、そもそも勇者が受付に居るってどうなんだ?
「で、どうでした?」
「ん、手に入れたぞ」
「わたしのおかげでね!」
胸を張って言うフィーネだったが、ロッテは完全にスル―すると俺から荷物を受け取って中身を受付の上に広げていく。
取り出された濁った水晶玉――魔力球がゴトン、と音を立てて机の上に置かれる。
「これが――」
「ん、ごくろー」
言って千歳が魔力球に手を伸ばしてくるが、その手が届くより前にロッテが俺の方へ魔力球を転がしてきた。
受け取った魔力球は、最初見た時よりも濁りが濃くなっているように見える。
「あれ?」
「あれ、じゃねーよ」
「私の代わりに取ってきてくれたんじゃないの?」
「んな訳ねーだろ」
「そうよ、これはわたしのよ!」
「いや、お前のでもないから」
……こいつらは。
結婚対象外のお前らのために、何で俺がこんな苦労して手に入れたものをあげると思うのだろうか。
可愛い普通の女の子に頼まれれば勇者でも魔王でも倒す――努力はするけど。
千歳は机の上でぐでーっとしながらこちらを見ていたが、ふいっと視線を外すと
「んじゃいいや」
「いいのかよ!」
「いーのよ、どうせやらなかったからって何かあるわけじゃないし」
「そんなもんなのか……?」
勇者は勇者で結構大変なんだろうか。
こいつや前の変態勇者を見る限りそんなでもないと思ってたが。
――と、横から伸びてきた手に魔力球をすっと持っていかれる!
「なら、私が貰っても文句はないわね!」
「いや、文句しかないが」
文句の前に魔法をくれてやろうか、こいつは……。
しかし――満面の笑みを浮かべるフィーネを見て、疑問に思う。
「なんでそんなに魔力球が欲しいんだ?」
確かに売れば一財産――というか、一生遊んで暮らせるくらいの金額になるのだろう。
しかし、お金がどうこうというよりは魔力球そのものを欲しがってるような感じがする。
そういえば昔に手に入れようとしたけど手が出なかったとか言ってたし。
「ふっ、決まってるじゃない!」
ああ、これがドヤ顔ってやつか……。
こちらを見下すような自慢げな顔を浮かべ――見下ろしてるのは俺の方だが、フィーネはポーチから一枚の札を取り出し、
「ファイアボルト!」
力ある言葉とともに2個の小ぶりな火球が現れると、壁にぶつかり炎をまき散らしながら四散する!
思わず言葉を失くす俺とロッテ。
燃え尽きた札が力の残滓を残しながら床に落ちる。
「どうよ?」
「没収です!」
「そんなっ!?」
ロッテにあっさりと魔力球を奪われ、フィーネが涙目で抗議の声を上げる。
まあ、これで欲しがる理由は分かったが……。
ロッテはさっきよりも少し濁りがなくなった魔力球をこちらに渡そうとして――ふと、その動きが止まる。
「どうした?」
「いえ、思ったんですけど……」
ロッテは言いながら魔力球を持った手を上にあげていき、
「これを壊したらご主人様、ダンジョンから離れられなくなりますよね?」
「……ロッテ?」
その言葉に俺と、そしてフィーネが表情を、動きを固めた。
視界の端で、千歳がにやにやと笑いながら成り行きを見守っているのが見える。
冗談だとは思うが、こいつならやりかねない……。
ごくり、と唾をのむ音が響く。
「なんて、冗談ですよー」
「なんだ、冗談かー」
言うとロッテは魔力球を、今度こそちゃんと手渡してくれる。
しかし、その際にぼそっと――
「だからあんまりダンジョンを空けないでくださいね」
耳元で囁かれた。
顔は笑っているが、声が笑っていない。
……うん、魔力球は厳重に保管しよう。
フィーネのもの欲しそうな、ロッテの射貫くような視線を感じ、俺はそう決心したのだった……。