11.白紙という名の万能札
「ここまでくれば……大丈夫か?」
「そう、ね……」
息を切らせながら言う俺とフィーネ。
どれだけ逃げただろう、一生分は走った気がするが実際は一階層分くらいだろう。
それでもこの枝分かれした構造だ、そう簡単には追い付かれないはず。
先ほどの大広間ほどではないが、やや大きめの部屋に入り口は一つだけ。
……行き止まりともいう。
引き返したいのは山々だが、下手に動くとまた遭遇しそうで怖い。
例えば狭い通路で遭遇したりしたら、次の瞬間には間違いなく俺の上半身は下半身とおさらばすることになるだろう。
「それにしても何なんだあいつ、魔法が効かなかったぞ」
魔法が効かない――というよりは、無効化されるというほうがしっくりくるだろうか。
俺が放った炎や電撃は、あの巨大ミノタウロスに触れた瞬間に何もなかったかのように消えてしまった。
魔法が効けばどんな敵でも倒せる自信があるが、魔法が効かないとなれば自分ではどうすることもできない。
頼みの綱のゴーレムも、善戦こそしたものの最後は砕かれて石に戻されてたし。
「それなんだけど……」
「何か知ってるのか?」
「もしかしてだけど、あいつが持ってるのかも」
「持ってるって、まさか……」
魔法が効かないミノタウロス。
そして魔力を吸収する魔力球。
つまり――
「でも、あいつ戦斧以外は持ってなかったぞ?」
「多分、お腹の中じゃないかしら」
「んな馬鹿な……」
あいつを倒さない限り、魔力球は手に入らないっていうことか。
……いや、無理だろ。
考えるまでもなく結論が出る。
あの様子だと氷の魔法で動きを封じることすらできそうにないし。
「よし、帰るか」
「どうやって?」
「どうやってって……」
来た道を引き返して、つまりはまたあの大広間を通って……。
うん、まあ知ってたけどな。
結局はあいつをどうにかしないことにはここから出ることすら叶わない。
「よし、お前が食われてる間に俺が逃げるっていうのはどうだ?」
「良いわけないでしょ! 大体、わたしなんかじゃ足止めにすらならないわよ」
「お前、自分で言ってて空しくないか……?」
まあ元から期待はしてないが。
くそっ、勇者みたいに物理も強化されてれば余裕なんだろうけどな……。
やっぱり無理にでも千歳を連れてくるべきだったか。
「なんかこう、無効化されない魔法とかないのか?」
「研究すればなくはないだろうけど……わたしたちの持ってる中にはないわね」
「まあ、だよな……」
後で研究させよう……まずは生きて帰るのが先だけど。
魔法が効かないとなると、物理か……。
ゴーレム量産してタコ殴りとか?
そこまで考えて、さっきの光景――ゴーレムが砕かれていく様子を思い出す。
「せめて最初の状態のあいつ一匹だけなら、ゴーレムで何とかなりそうなんだけどな」
「確かに最初は押してたわね」
「こう、なんか弱点とかないのか?」
「氷の呪文に弱いわよ」
「魔法効かないけどな」
「知ってる」
解決策は……魔力球を吐き出させる、戦斧を奪う、物理で押し切る、あたりか?
まあ魔法が効かない以上、物理に頼るしかないわけだが。
「そういやあいつ、仲間食ったら途端に強くなったよな」
「そうね。書物で読んだことはあるけど、まさか本当にいるなんて……」
「何か知ってるのか?」
「昔、暴虐の王あり。仲間を食らえばたちどころにその傷は完治し、体は強靭になりけり……」
フィーネは目を閉じると暗唱を始めた。
どこまであてになるかわからないが、今は少しでも情報が欲しい。
俺は黙ってその暗唱に耳を傾ける。
訪れる沈黙。
「……」
「……で?」
「で?」
「続きは?」
「これで終わりだけど」
「いや、倒し方とかあんだろ」
「この後は確か――命からがら何とか逃げ出したーとかだった気がするけど」
「役に立たねぇ!」
俺も逃げたい!
もっと根性出せよ昔の人!
強化がどれくらいで切れるのかとか、どれくらい強化されるのかとか、せめてそこら辺が分かれば手の打ちようがあるんだが……。
やっぱりゴーレムで押し切るしかないか……。
あるいは罠を逆に利用して……ゴーレムで突破できる罠で倒せるわけないか。
罠、ゴーレム……。
「なあ、そういやゴーレムって別に人型以外もできるんだよな」
「できるけど、それが?」
俺の質問に、いかぶしげな表情でフィーネが答える。
俺は帰ってきた質問を無視すると、浮かんできた考えをさらに深めていく。
いけるか……?
共食いする暇を与えずに、一撃であいつを仕留める方法。
問題は――ポーチの中の札を確認する。
普通の魔法の札とは別に、何も書かれていない札が数枚。
「なあ、頼みがあるんだけど」
「何よ」
身を寄せてきたフィーネに白紙の札と筆を渡すと、俺は考えを話し始めたのだった……。