10.魔力という名の無力
あれからどれほど先に進んだだろうか。
通路を抜けると、そこには神殿を思わせるような大きな空間が広がっていた。
辺りを囲む巨大な円柱。
恐らく当初は神聖な雰囲気だったろうそれも今では朽ち果て、中には折れて中身を晒しているものすらあった。
「これは……」
「酷いわね……」
そして……漂う腐臭!
その出元が部屋の中央で、あるいは壁に叩きつけられ染みになっているものであることは確認するまでもないことだった。
さすがに気分が悪くなり、口元を手で押さえる。
「こいつらが……?」
「ええ、多分……」
言いながら死体の着ている服の襟元を確認するフィーネ。
彼女は取り出したナイフで服から何かを切り取ると、それを俺に差し出してくる。
これは……バッジか?
血でくすんで見えづらいが……
「杖にとまった……フクロウ?」
「調査隊のシンボルマークよ」
フィーネはため息をこぼしながら立ち上がった。
その言葉に、俺も気が重くなって大きなため息をこぼす。
気づいたことが二つある。
一つ目は――
「あったか?」
「あるように見える?」
この部屋にあるのは調査隊の無残な死体だけ。
彼らの持っていただろう荷物や装備といったものは一切見当たらなかった。
「持ってかれたってことか」
「残念ながら、ね……」
当然ながら、お目当ての魔力球らしきものも見当たらない。
その価値を知っていて持って行ったのかは不明だが、これでダンジョンをくまなく探さないといけなくなったということだ。
正直しんどい。
多めに持ってきたとはいえ札の枚数には限度があるし、敵が強くなるにつれフィーネの、自分の身を守ることが難しくなっていく。
「なあ、これをやったのってどんなモンスターだと思う?」
「正直、想像もつかないわね……。曲がりなりにもダンジョン探索のプロなのよ? 魔法だって使える人も何人もいたでしょうし、それをこんな……」
「一旦出直すか」
「いやよ、せっかくここまで来たのに。あんたの魔法ならなんとかなるわよ」
「まあ、確かにそうだろうけどな」
言いながら、俺は調査隊の惨状が気になっていた。
気づいたこと二つ目。
ダンジョン調査のプロなら引き際は心得ている……と思う。
それが逃げることもできずに全滅したということは……。
「帰るぞ。なんかヤバい気がする」
「大丈夫だって」
言いながら先へ進もうとするフィーネと、それを引っ張り元来た道を引き返そうとする俺。
フィーネの力が意外に強く、部屋の真ん中で少しの間引っ張りあっていたが――
「くそっ、もたもたしてるから敵が来ちまったじゃねぇか」
元来た道を塞ぐように、通路から表れたのは数匹のミノタウロスの集団。
一瞬、ゴブリンとミノタウロスの集団に見えたのは、真ん中の一匹だけが他のよりも二回りも三回りも大きいせいだった。
その手には金色に輝く巨大な戦斧。
――と、取り巻きの一匹が杖をかざし、何かを叫ぶ。
同時に生まれた炎の球がこちらに迫り――
「ファイアランス!」
俺が放った炎の濁流に飲まれ、逆にミノタウロスの方へと押し流されていく!
炎の濁流はミノタウロスたちを包み込み、悲鳴すら上げる間もなくその体を焼き焦がして――
「んなっ!?」
しかし、真ん中の巨大な一匹に触れた瞬間に、まるでそいつに吸収されたかのように炎は火の粉すら残さず霧散した。
その後ろには焼け跡すらない2、3匹の通常のミノタウロス。
まさか……!
「ライトニングボルト!」
かなり力を込めて放った雷撃も、やはりそいつに触れた瞬間にまるで何もなかったかのように霧散する。
まずい――っ!?
突進してきた巨大ミノタウロスの一撃を、割って入ってきたゴーレムが何とか受け止める。
戦斧の一撃はゴーレムの腕の半ばまで食い込んでいたが、逆にがっちりとくわえ込んで離さない!
ゴーレムが反対の腕で巨大ミノタウロスを打ち据えるたびに、そいつの動きが鈍くなっていく。
そいつを助けるべく他のミノタウロスたちがゴーレムを手にした武器で打ち据えるが、傷一つつかない。
よし、このまま押し切る――!
油断なく札を構えながら、俺はゴーレムに指示を出し続ける。
しかし次の瞬間、俺とフィーネは飛び込んできた光景に驚きの声をあげた。
「んなっ!?」
「いやっ……!?」
ゴリッ、ゴキ……。
部屋に響く、鈍い咀嚼音。
音が止むと同時に、打ち据えられてしぼんでいた巨大ミノタウロスの筋肉に張りが戻る。
――いや、むしろ以前よりも一回り大きくなったようにすら見える。
そいつはゴーレムの打撃を片手で受け止めると、力任せに地面に叩きつけた。
そしてゴーレムの腕から戦斧を無理やり引き抜くと、何度も、何度も戦斧を叩きつけ、ゴーレムをもとの土くれへと戻していく。
「ちょっと、どうするのよこれ……」
低い声で、唸るように問いかけてくるフィーネ。
俺はフィーネの手を握ると、
「この隙に逃げるんだよっ!」
叫ぶと、俺たちはそいつから離れる方へ――つまり、ダンジョンの奥へと全力で駆け出したのだった。